2011年5月31日火曜日

はいからひばち


大地震がなければ、3月12日に梅の花見に行くはずだった茨城県水戸市へと行きました。
毎日公表されている放射線量が水戸市だけ大幅に大きい数値になっているのは、測定している高さが低い(2mちょっと?)ことによるものだそうです。もともと人体に影響のでるような数値になるはずがないという前提で、とりあえず記録してきただけでしょうから測定場所の高さは決まりなどなくて、群馬県などは30m以上も上空で測定しているとのことです。セシウムなどの放射性元素は重いので地表に近いところのほうが濃くなってしまう仕組みなのでしょう。
秋葉原あたりで数万円の販売価格となっているガイガーカウンターは、中国での原価300円くらいのものもあるのだとか、、、複数購入してもそれぞれ違う値を計測しそうですね(笑)
日本三名園のひとつである「偕楽園」の梅の花はもう咲いていないので、今回は明治14(1881)年に建てられたという「旧水海道小学校本館」を見に行くことにしました。
明治10年代における茨城県下唯一の洋風建築の遺構だそうです。最初は、水海道市(現在は、常総市)横町に建てられ、1921年(大正10年)に同市栄町に移築、さらに1971年(昭和46年)、市から県立博物館へ寄贈されて、茨城県立歴史館の敷地内に移築する時に創建時の姿に復元されたとのことです。木造2階建てで「塔屋」が付いています。創建当時にこの小学校で学んで現在も生きている人はいるのでしょうか???
1階部分だけは中に入れたようですが、地震の影響で「小学校本館内の見学はできません。復旧するまでもうしばらくお待ちください。」という貼り紙がされていて、施錠されていました。玄関から中を覗いてみるとスリッパが沢山ならんで見えたので、靴を脱いで見学していたようです。
小学校の校舎として、こんなに美しい建物を造ってしまうというのも凄い時代です。

2011年5月30日月曜日

目を瞑り、かいつぶり


午前11時過ぎに清澄庭園へと行ったら、見渡す限り人影が無く貸し切り状態でした(^^)
止んでいた雨がまた降り出して、台風がらみの天候なのになんでこんなに冷たい風なのか?という感じでした。正午過ぎには、きれいな青空も見えてきました。
空では、遊んでいるのか生きる戦いなのか二、三羽の大きなアオサギとカラスが激しく交錯していました。
たぶん世代交代はしているのでしょうけど、毎年同じ場所にカイツブリが巣を作ります。もう卵を温めているのではなく、孵った雛を温めている様子でした。

2011年5月29日日曜日

ひとつ、ふたごころなく三つ子の魂百まで


笠間駅まで戻った頃に小雨が降り出しました。帰りの電車まで40分ほど待たなければならないので、どこかで遅くなった昼食と思ったのですが、駅前からまっすぐの道には、飲食店もコンビニもなさそうでした。
自販機にあった去年からお気に入りの飲み物「ポッカふってふってゼリーコーラアップ」2本が昼食代わりとなってしまいました。どこかで「お稲荷さん」でも買っておけばよかったのですけどね(^^;)
乗り換えの小山駅は、雨が降った気配はありませんでした。乗った電車に大声で話している8人ほどの外国人集団(?)がいました。中国人顔の男性、色の黒い中近東風男性2人、フィリピン顔の女性、インド顔の女性、、などなどで話している言葉が何処の国、地域の言語なのかさっぱり見当がつきませんでした。しばらくすると「むばらく」が頻発し「ふぉまぁぷれじでんと」と聞こえたときになってやっと「おまいら英語で会話してたのか!?!」と、なんだかびっくりです。
昨日、お仕事先でどこかに貼って下さいと「心をひとつに がんばろう日本」と書かれたステッカーを頂戴しました。心をひとつにすることほど危険なものはないような気もするのですが……。

2011年5月28日土曜日

悪事は千里、はるかぜ万里

     黄鶴西樓月
     長江萬里情
     春風三十度
     空憶武昌城

「笠間日動美術館分館春風萬里荘」前の説明看板には、、「春風萬里荘は伝来300年の茅葺き民家造りで江戸時代の大庄屋の建物を神奈川県北鎌倉より昭和40年に移築したものです。移築前には万能の異才である陶芸家の北大路魯山人が約30年間自邸として使用しておりました。現在は笠間市内にある日動美術館分館として初期洋画・日本画・書・陶磁器とともに北大路魯山人の当時居住していたままに再現、移築され北大路魯山人作品多数も供せて展示公開されております。」と書かれています。入館料は、600円です。建物の内部は写真撮影禁止となっていました。
実は、北大路魯山人について、わたし自身が事前に知っていることはなにひとつ無くて興味もありませんでした。古民家ということで、見に行くことにしました。だけど「春風萬里荘」は素敵な名前ですね(^^)
京都・龍安寺風の枯山水の石庭もありました。

2011年5月27日金曜日

痒いかゆいとカヒミ・カリィ


いつのまにか蚊に刺されていました(^^;)
笠間の市街地方面へ来た道を引き返そうか、遠回りになりそうでも先に進もうかと迷ったあげく、まだ歩いていない方向へ向かうことにします。アザミがいっぱい咲いてました。
春風萬里荘への近道になりそうなので「笠間芸術の森公園」へ東ゲートから入って、南ゲートへでようと思いました。
公園内には、陶芸や石彫刻オブジェがたくさん野外展示されていました。「道祖」という題の作品は、巨大なペニス+睾丸袋でした。芝生では、お弁当を食べたりしている人達がいますが、咽喉が渇いたのに自販機が見あたりません。間もなく正午です。
公園は、近道ではなく山道でした。さらに明日の野外コンサートの準備中のようで、迂回しないと南ゲートへは行けそうにありませんでした。通ったときには、どんな野外コンサートなのか分かりませんでしたが、後でチラシをみつけました。「Sence of Wonder ゆめからこぼれだした音のしずく」と題されたイベントで、カヒミ・カリィなど20組ほどの歌手、バンドと3組のパフォーマンス、12組の"Installation"の出演となっているようです。明日(5月28日)の午前10時の開演で深夜24時まで、当日券は10500円です。謎の「テント券」が2000円となってます。音だけ聞くなら入場する必要がないかもしれません???
「笠間工芸の丘」ギャラリーで販売されている陶器をちょっとだけ見てみましたが、けっこう高価で、いいなぁと思った湯飲み茶碗は1万円以上もしてました(^^;)
自販機で爽健美茶を買って飲み、やっと春風萬里荘へと向かいます。国道355号線にでたときはもう午後1時近くになっていました。

崩れ動く巨石群


平成10年に指定された「いばらき森林浴の道100選」のひとつ「佐白山」(標高182m)の「笠間城跡」にも行くことにしました。
山頂ちかくは、ロープが張られて「危険ですので近寄らないでください」の貼り紙があったので、貼り紙のない別の道から入ってみたら、地割れがしていて石造りのベンチが傾いていました。木々が生い茂っているので、三角点のある場所も見晴らしがありませんでした。
佐志能神社への石段のところにも貼り紙がされていましたが、だいぶ昔に造られたような手堀り加工の石段はしっかりしていそうでした。登ってゆくと城壁石積みが一部崩壊してました。さらに神社拝殿に向かって左側の土台が崩れていて、ブルーシートがかけられていました。崩壊の少ない右側から本殿の裏手へ回ってゆくと、本殿を囲むように瓦と土で造られた塀が崩落していました。


「山頂に鎮座する佐志能神社の奥、巨岩が重なり合う石倉からは、霞ヶ浦や鹿島灘まで望むことができます」と案内掲示があったので「石倉」へも行ってみました。
たぶん何百年も微動すらしなかったかもしれない巨岩が、「さっき移動しました!!」みたいな感じになっていました。亀裂の入った岩を触ったら、、、ぐらぐらと動きました(^^;)
写真の黒っぽい岩は、帰宅してからネットで検索してでてきた写真と明らかに位置が違っています。
来た道と違う山道を歩いてみましたが、無事に一度通ったところへ戻れました。この冒険(?)で、100メートルくらいありそうな小さなトンネルをみつけました。内部は全て鉄板で蔽われていて、不良の落書きがいっぱいされてました。
「石倉」については、笠間市のホームページにも掲載されていますが、危険な現況はまったく情報が反映されていません。まっ、お役所仕事ですからね(笑)

倖せの黒いおへそ


今日は、ぷち遠出ということで、北大路魯山人が住居としていた茅葺き民家「春風萬里荘」を見に行くことにしました。昭和40年に北鎌倉から移築されて、現在は茨城県笠間市にあります。「笠間日動美術館」の分館となっています。
JR笠間駅には、午前8時ちょうどの到着でした。笠間駅で下車したのは、99%くらいが通学の高校生でした。春風萬里荘は、午前9時半開館なので、まずは方角が反対ですが、「笠間稲荷神社」を見ておくことにしました。まだ参拝の人は殆どいません。「"お稲荷さん"のご祭神はキツネではありません」と掲示されていました。キツネだと誤解させるような見てくれの稲荷神社が多すぎますよね。御祭神は「宇迦之御魂神」(ウカノミタマノカミ)とのことで「食稲魂神」とも表記するそうです。本殿は、江戸末期に建てられたものですが、そんなに古そうには見えませんでした。
笠間日動美術館は、「猫まみれ」と題してネコをテーマにした展示なので、入りませんでした。入館料は、1000円です。隣接して、『忠臣蔵』大石内蔵助の曾祖父、祖父が住んでいたという「大石邸跡」があります。建物はありません。
今回は「ブルーガイドムックおさんぽマップ東京周辺日帰りさんぽ」(500円)を持参しましたが、街のいたるところに地図が掲示されていますし、もっと詳しい地図も無料で置いてあったので雑誌はバッグに入ったままでした(^^;)
あちこちに「上を向いて歩こう!笠間!」と貼り紙がしてありましたが、歌手の「坂本九」が幼少の頃に疎開のため川崎から一家で移り住んでいたという家が「九ちゃんの家」として敷地内に入れるようになっていました。すぐ近くの弁財天前には、「上を向いて歩こう」の歌碑がありました。
その先の坂道を登って、「つつじ公園」まで行きました。つつじ山は、標高143mです。展望台があって市街地を見下ろせます。誰もいなくて貸し切り状態でした。「座頭市の碑」が建っていました。座頭市は、文政元(1818)年にこの辺りで生まれたという設定になっているようです。
山の中はいたるところで栗の花盛りで、その臭いで頭がくらくらしてきます。道路脇に巨大な石がありました。たいていは、もっともらしい名前が付けられているものと思っていたら、、やっぱり「大黒石」との説明看板がありました。鎌倉時代の初め頃に佐白山と徳蔵寺の僧兵が勢力争いをして、負けた佐白山僧兵が山頂付近から大黒石をころがして逃げたのだそうです。
「この大黒石の中ほどに小穴があり大黒のおへそといわれ、このへそに小石を三度つづけて投げそのうち一つでも入れば、幸せがあると伝えられています。環境庁・茨城県観光物産課」と書かれていたので、小石を拾って投げてみました。第一投目の石だけがおへそに入りました(^^)v

2011年5月26日木曜日

いさなかさかいんあかさか


「赤坂に赤坂なし」と以前にも書いたことがありますが「あかさか」とテープレコーダーに録音して、テープを逆転再生しても「あかさか」と聞こえ、けっして「かさかあ」にはなりません。その理由は、ローマ字で書いてみれば一目瞭然です。デジタルデータは、逆から読み取ると全く別のものになってしまうと思うのですが、音声はどうなってしまうのでしょう???
今日は、JR浜松町駅前から歩いて、赤坂氷川神社を目指しました。まずは、都営地下鉄の駅長事務室で「ぐるっとパス2011」を2冊購入しておきました。都営交通の一日乗車券が2枚付いて一冊2800円です。これまでずっと門前仲町駅で買っていましたが、改札を通らないと販売している場所へ行けないので、今回は事務所が改札の外にある大門駅にしました。
いつも増上寺のほうから東京タワー前を通ると「飯倉」の交差点を右折して地下鉄日比谷線・神谷町駅方面へ向かってしまうのですが、初めてやや直進(?)で外苑東通りを行きました。左側に「狸穴坂」がありました。"A Mamiana lives in Maiami."などと意味不明の呪文を呟きながら「飯倉片町」で右折して「行合坂」を下って登ります。「なだれ坂」から北上して米国大使館宿舎のブロックを迂回して、赤坂氷川神社へと到着しました。少し手前からぴりっと爽やかな神社空気に包まれました(^^)
昨年のNHK大河ドラマの最終回は、「武士をこの世から抹殺した大馬鹿者の最期」という風でした。坂本龍馬は、勝海舟を暗殺しようとでかけて、弟子入りしてしまったということらしいですが、その出会いの場が氷川神社ということになっているようです。近くにある「勝安房邸跡」にも寄りました。
来た道を引き返して長州藩中屋敷跡の「檜町公園」にも行ってみました。ここのような「嘘臭い自然」公園は大嫌いです(笑)
地下鉄半蔵門線・青山一丁目駅から帰ることにしました。

2011年5月25日水曜日

30万円以下の罰金に処す


刑法第174条(公然わいせつ)
公然とわいせつな行為をした者は、6ヵ月以下の懲役若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。

 2008年1月24日、宮崎県庁本館の前庭で全裸写真を撮影し、インターネットサイト上に公開した男女3名が、公然わいせつ事件被疑者として逮捕されたことがあるそうです。
ノーパン・ノーブラ・下着姿・裸での外出、屋外・店等の公衆トイレでのオナニー、バイブ・ローターを性器・肛門に挿入しての外出、野外でのオナニー・性行為・トイレ以外で放尿・脱糞(トイレでも扉を開けたままで排尿・脱糞)などなどの行為は、「公然わいせつ罪」に問われることがありますので気をつけませう(笑)

湾岸署前です。青島刑事の姿は見えません。のりぴーが頭を下げたときの立ち位置はどのあたりだったのでしょう???




2011年5月24日火曜日

花と蛇、華はヘビー級


どれも原作から題名だけ借りてきたようなものかもしれませんが、映画化された団鬼六『花と蛇』は、下記の8本で全部でしょうか???

1974年 「花と蛇」 谷ナオミ (日活)
1985年 「花と蛇 地獄篇」 麻生かおり (にっかつ)
1986年 「花と蛇 飼育篇」 小川美耶子 (にっかつ)
1986年 「花と蛇 白衣縄奴隷」 小川美耶子 真咲乱 (にっかつ)
1987年 「花と蛇 究極縄調教」 長坂しほり (にっかつ)
2003年 「花と蛇」 杉本彩 (東映)
2005年 「花と蛇2 パリ/静子」 杉本彩 (東映)
2010年 「花と蛇3」 小向美奈子 (東映)

配給元がにっかつと東映なので、どれもDVDで観ることができそうです。にっかつによる団鬼六作品では、他に「蛇と鞭」(1986)、「修道女縄地獄」(1984)、「白衣縄地獄」(1980)など「花と蛇」副題と似たような題名の映画があります。
杉本彩・主演の2作はすでに観ているので、今回は一番最初の谷ナオミ主演作を観てみることにしました。
母親と性交している黒人男性を少年が銃で撃つというシーンから始まります。そんなトラウマから大人になってからも性的不能となった男が勤める会社の社長夫人である遠山静子を「調教」するというお話、、。
映画などで緊縛される肉体は、ぽっちゃり太めが大前提なのかもしれません。杉本彩のバストがもう少し小さかったり肢が少し短かったら主演は危うかったのではないかと思っていましたが、谷ナオミもけっして太っているとは言えない身体でした。それでも見事な美巨乳です。
この「花と蛇」では、遠山邸の庭にある薔薇の花が静子の調教を始める前からずっと同じように咲いているのが、なんだか嘘っぽくて残念な感じがしました。

2011年5月23日月曜日

薔薇の香りが苦しくて


What's in a name? that which we call a rose.By any other name would smell as sweet.なんと言おうとバラすも殺すも同じ密事。

日曜日としては閑散とした感じのした清澄庭園とは違って、旧古河庭園は入場するのに行列ができるほどの賑わいとなっていました。「バラ見頃」と掲示されています。
同じ都立庭園でもこちらでアサガオのタネは配布されていないようでした。代わりに小冊子”名探偵★浅見光彦の住む街ミステリー手帳「翡翠に込めた願いごと」篇ミステリーウォーク2011”が手に入りました。この冊子に載っているお話は誰が執筆しているのでしょう??? と、、ど~もテレビドラマの浅見家が「北区」にあるとは思えません(^^;)
こちらも心字池にかかる橋が地震の影響で通行できなくなっていましたが、清澄庭園のある場所とは地盤がまるで違うのか石灯籠はひとつも壊れていないようでした。人が入って来ないので大きなアオサギが悠々と狩りをしてました。

Rose is a rose is a rose is a rose. バラバラになっても薔薇は薔薇。

2011年5月22日日曜日

よりどりみどりのカーテンガーデンガッテンてん!!


清澄庭園の石灯籠は、ほとんどが地震で倒壊してしまいました。今のところ建て直す気配もなくどの灯籠も崩れたまま放置されています。中の島に渡る橋も水中にある土台が損壊していることが判明したらしくて通行止めになっていました。
全盛期の活発な勢いはなくなってきた感じがしましたが、、、木の幹と樹皮の隙間に営巣したニホンミツバチはまだ同じ場所にいました。以前は、ミツバチの巣が存在するという注意書きが出ていましたが、だいぶ前に取り払われて、そこにミツバチの巣があることはもう誰も気付いていない風です。通りがかったときにはいつも隙間から写真を撮っているのですが、今日撮ったものには普通のミツバチと様子が違う「人面蜂」が写っていました(^^)
庭園の入口に置いてあった籠には、「みどりのカーテン」と書かれた袋に入ったアサガオのタネが「ご自由にお持ち下さい」になっていました。「東京都環境局自然環境部計画課」が配布元です。「緑のカーテンで節電に取り組みましょう」チラシには、アサガオの育て方が書かれています。
タネの生産地は、香川県となっていました。「量目:0.5ml」と、タネは重さでなく体積で量を表示するものだと初めて知りました。「有効期限:2011年7月」とありますので、お早めにお召し上がり下さいですね、、アサガオのタネは、食べれば嘔吐や下痢など地獄の苦しみが味わえるはずです(笑)
袋に「古くから八十八夜にまけといわれる」と書いてありましたが、もう百八夜くらいになってしまいました。入谷で朝顔市がある頃に一般家庭育ちのアサガオはあまり咲きませんよね、、(^^;)

2011年5月21日土曜日

『難航里見発見ででんのでん』


群馬県みどり市、高津戸峡近くにある史跡「山田氏及び里見兄弟の墓」を見てきました。馬琴『南総里見八犬伝』のモデルとなった里見氏終焉の地はこんなところにあったの?!とびっくりです。
長くなりますが現地にある説明看板に書かれているのは、、、
”高津戸城は後三年の役のあと寛治二年(1088)山田七郎平吉之が築き、その後二百数十年間当地をおさめていたが南北朝の観応二年(1351)に山田筑後守則之は桐生国網に攻められて滅亡した。凝灰岩製の大型五輪塔および阿弥陀堂内の阿弥陀石仏は南北朝以前の形式であるため山田氏のものである。戦国期に仁田山里見氏を頼って来た房総里見氏の里見上総介勝広が桐生氏によって謀殺されるやその子随見勝政と平四郎勝安は上杉謙信の援助で天正五年(1578)五月高津戸城を再興した。翌六年九月十六日金山桐生勢が高津戸城を攻め、夜は逆に里見勢が用命砦を攻めた。この合戦で平四郎勝安以下三十数名が戦死し随見勝政は切腹した。小さい安山岩製の五輪塔が里見勢の墓である。みどり市教育委員会”
どこの教育委員も名文は書けないようですね(笑)
帰ってからネットで房総里見氏の系図などを検索してみましたが、「勝広」とその子の名前はでてきません。

2011年5月20日金曜日

われら結婚中!!


昨年秋から月1回出掛けている「ぐんま昆虫の森」(群馬県桐生市)へと今月は昨日行ってきました。
駐車場には、大型観光バスが数台駐まっていました。一般客はいるのかいないのか分かりませんでしたが、小学生が大勢来ていました。服装や年齢がいろいろなので、複数の学校が同時に来ていたということなのでしょうか?
雑木林でオオムラサキをさがしてみましたが、まだ時期的に早いのか、蜜を出している木々も見あたりませんでした。
亜熱帯の環境を再現したという温室は、気温23度、湿度68パーセントでした。先月までは、温室に入ったとたんにカメラのレンズは結露してしまいましたが、今日は外のほうが暑いくらいです。
交尾している蝶をみつけて小学生の男の子が言ったのは、「結婚中だ!!」でした。ん~この表現は、その男の子自身が考え出したのならなんだか凄いものです。誰かが教えたとしたら、親なのか学校の先生なのか、テレビか何かなのか???

2011年5月19日木曜日

しーぱらだいす、ダイシッパイス


八景島シーパラダイスのジンベエザメ(英名:Whale Shark)の名前(愛称)が4月23日に発表されたようです。
2010年10月5日から公開されている体長約4.7メートルのオスは「八兵衛(はちべえ)」、11月26日から公開の体長約5.2メートルのメスは「七海(ななみ)」です。
このジンベエザメがイルカショーなどをやっているプールでの展示となったために、ずっとイルカショーはお休みでした。「今までに見たことのないショー3月12日はじまる! 」とホームページには今でも掲示されていますが、地震の影響でだいぶ遅れて始まったのかもしれません。
ジンベエザメは、邪魔にならないように餌で釣ってプールサイドにひきつけてショーが行われています。ですが、、、「今までに見たことのないショー」とまで宣伝している割には、内容が昨年行われていたショーより全く見栄えのしないものになってます。
「福の神」ともいわれるジンベエザメですが、この水族館を没落させる気配がなきにしもアラーム!!
(掲示写真は、5月18日12時からのショーのもの)

2011年5月18日水曜日

ヒラメの縁側縁結び


本日は、主にSNS「ミクシィ」経由で多くの方々から誕生祝いのメッセージを頂戴しました。ありがとうございます。
記憶力のよい人ならば、、、「誕生日って今頃だった???」と思っているかもしれませんね、、、SNSやブログそれぞれの登録日や開始日を誕生日として登録していたこともあったので、年中お誕生祝いの連続でした。それで一年経った、二年経ったと分かるので自分自身には便利な設定でした(^^;)

今夜は、カエルの大合唱がベランダから聞こえてきます。魚はいませんが水草を栽培している水槽育ちのカエルが故郷に戻ってきて、求愛パートナーを探しているのでしょうか?

2011年5月17日火曜日

みそぎぞ夏のしるしなりける


昨日も今日も「風薫る五月」というほどには爽快な青空が広がっていません。やや曇り気味のほうが日焼けを気にしないで済む利点もありますが、、。
芭蕉が曾良を伴って、深川の芭蕉庵から旅に出たのは元禄二年(1689)の「弥生も末の七日」(3月27日)でした。東北へと向かうには、まだちょっと寒い時期なのではないかと思っていましたが、、、太陽暦では、5月16日にあたります。
翌5月17日は、春日部の宿を午前7時くらいに出発して間もなく雨に降られたようです。午後1時くらいに雨は止んだと『曾良みたことか!!日記』に書いてありました。
”此日栗橋ノ関所通ル。手形モ断モ不入。”手形も行き先の申告も不要だったのは、芭蕉と曾良が「男」だったからでしょうか? それとも幕府隠密としての東北視察旅だったからでしょうか?

2011年5月16日月曜日

昭和薫る小京都


5月14日の午後9時からのテレビ東京「出没アド街ック天国」は、”昭和薫る小京都散策 栃木・足利”と題して足利名物を紹介していました。「昭和」も「小京都」というイメージも持っていなかったので、題名が意外でした。「ソースをかけて食べる肉の入っていないシューマイ」や「ジャガイモ入りの焼きそば」などはまだ一度も食べたことがありません。
足利名物のトップ3は、「足利学校・鑁阿寺・あしかがフラワーパーク」ということで、さてさてこれらのどこから「昭和薫る」のでしょう???
昨日は、強烈な紫外線であふれかえっていそうな五月晴れでした。空気が乾燥しているので、気温が上がっても爽やかでした。
やっと晴れたときに「あしかがフラワーパーク」で藤の花が見られると思ったら、、、もうほぼお終いで、よれよれしおしおのぱぁ状態でした。入園料は、200円値下がりして1500円となっていました。日曜日なので、まだまだ凄い数の人出でした。とりあえず350円なりの藤の花ソフトクリームを食べて、早々に退散とあいなりました。
「ふじのはな物語-2011大藤まつり-」は、当初4月16日から5月15日までとなってましたが、5月22日まで一週間延期されたようです。でも、まだ見られるのはオーストラリア原産かなにかの黄色い藤の花だけになってしまいました。

2011年5月15日日曜日

天空の架け橋、奈落の底へ


3月11日の地震で崩落した栃木県下都賀郡岩舟町にある岩船山(標高173m)の崩落現場手前1メートル地点へと行ってみました。
岩船山は、死者の霊や霊魂が集まるといわれる霊山で、山全体が一艘の船の形をしています。宝亀八年(775)、鳥取県大山の僧、弘誓坊明願によって開山され関東の高野山・日本三地蔵の第一の霊場といわれています。
江戸時代から石の採掘がはじまり、地震で山が崩れるほどにまで削り取ってしまったということのようです。
2009年11月23日のブログ「ヒーローは、みんなここで戦った」http://yuria-revue.blogspot.com/2009/11/blog-post_23.html で書いたように採石場跡は、テレビや映画のロケ地となっています。
1枚目の写真は、JR両毛線の車窓から撮りました。


以前は、鉄製の橋がありましたが、無残に落ちてしまいました。



橋があった場所とほぼ同じ位置から撮影しています。見通しがよくなりすぎです(^^;)

2011年5月14日土曜日

朱鷺めきを運ぶよちゅーちゅー


今日は初めて埼玉県越谷市にある「キャンベルタウン野鳥の森」というところへ行ってみました。東武伊勢崎線・北越谷駅には午前11時ちょうどの到着でした。案内では、バスで10分+徒歩5分とのことですが、3キロもないくらいの距離なので歩いてゆくことにしました。近くまで行ってやっと案内の看板がいくつかありましたが、自家用車で来る人のためにしかならず、それに従って歩いたらとんでもない遠回りをさせられました。車では、その専用道路からでないと入れないようでした。
入園料は、高校生以上が100円、小中学生30円です。「野鳥の森」と名付けられたところに沢山の野鳥がいたためしがありませんが、ここは黒い網をテント状に張った3000平米のウォークインバードケージになっており、さらに内部の檻にオウムなどが飼われています。オーストラリア・キャンベルタウン市と姉妹都市提携10周年を記念して建設されたものだそうです。キャンベルタウン市には、「コシガヤシティ野鳥の森」があるのでしょうか???
野鳥の写真撮影の練習場所としてよさそうですが、オカメインコなんかを撮ってもいまひとつ楽しくありません(^^;)
掲示写真は、「ブロンズトキ」です。なんだか変なポーズのまま静止しているのが常態の様子でした。

2011年5月13日金曜日

ごっどぶれすゆう、ぷれすみー


これまで何度か外観のみ写真に撮っていた「日光真光教会」のゴシック風石造りの建物ですが、ついに内部へ入ってみました(^^)v
入口の下駄箱には靴がひとつも入ってないので、両開きの木の扉をそっと押して中を覗くと誰もいない様子でした。ちゃちゃっと内部の写真を撮ってこようと紐を解かないと脱げない靴を脱ごうとしていたら、、なかから牧師さん(神父さん?司祭さま?宣教師?いやはやなんとお呼びするのかも分かっていませんでした)が「さあお入り下さい」とでてきてしまいました(^^;)
中は、間仕切りがあるわけでもなくワンルームのチャーチ(礼拝堂)でした。明治時代からここで礼拝が行われていたようですが、今ある建物は1914年(大正3年)の竣工です。栃木県指定の有形文化財になっています。外壁は大谷川から採取された安山岩、内壁には鹿沼石と地元産の素材が使われています。設計は、ジェームズ・マクドナルド・ガーディナーという立教大学校長もしたことのあるアメリカ人です。なぁんとこの建物の中に墓(写真、右側の花が生けてあるところ)がありました。
「聖書をお読みになったことはありますか?」と訊かれましたが、お経も祝詞も日本国憲法も読んだことはありません\(^^)/
写真の右側に三桁の数字が四つ表示されていますが、これはお楽しみ抽選会の当たり番号などではなく、礼拝の時に歌う賛美歌のナンバーだそうです。
ステンドグラスの図柄にも、それが選ばれた理由があるようでした。帰りに献金箱に500円玉をひとつ入れておきましたm(_ _)m
信者でなくてもここで結婚式ができるとのことです。

2011年5月12日木曜日

冥界の炎で作るおいしい焼き芋


不死の生物があるとします。それを食物として摂取したらどうなるのでしょう?食べたつもりなのに実は自分が食べられてしまったことになりかねません。何千年も生きている木があったり、古代の蓮の種が発芽したりと不死に最も近いところにいるのは「植物」です。地球の生物がすべて不死となったときに「食物連鎖」なんてのはどうなってしまうのでしょう???
サディストは、自分自身の痛みにはきわめて弱く耐性ががありません。もしかすると「がんばろう日本」の下敷きにある日本人の気質というものは、『家畜人ヤプー』にデフォルメされて描かれたマゾ的要素によって成り立っているのかもしれません。仇討ちとは言っても壜螺鈿を国家事業として殺してしまう国には「がんばろう」に相当する言葉などなきに等しいように思えます。戦後の日米関係というものを「BDSM」の視点から俯瞰した政治家や評論家がこれまでに存在したかどうかは知りませんけど、けっこう符合するものがあるかもしれません。
さぁ今日も頑張って放射能浴をして、プルトニウムに耐性のある人類へと進化しませう!! 2万4000年はまだ赤子、いわば日本人からはじめる人類のゴジラ化です(笑)

2011年5月11日水曜日

雨ニモマケ、風ニモマケ


そして夏ノ暑サニハタエラレヌ(^^;)

今日は珍しく雨が降っているにもかかわらず、また「あしかがフラワーパーク」へ行きました。「花おい倶楽部」という年間パスポートに相当する会費を払っているので、入園料の高いときに何回か行っておかないとなんだか損をするような気がしてしまいます。入園料よりも往復の交通費のほうが金額が高いのですけどね(^^;)
晴れた8日と9日が藤の花の一番見頃だったのではないかという感じでした。今日は雨の止み間があるのではないかと思っていたのですが、午後になるとかえって強い降り方になってしまいました。雨が止んだら寄ろうと思っていた岩船山の崩落現場ですが、またまた延期です。なんとかレンジャー系の撮影ロケにも支障がでているのでは???
雨でも沢山の人が来ていました。開園しても人が少ないと藤の花ソフトクリームが販売されません。四日前には、ふたつ食べてしまいました。今日は、買う場所を変えたら、ずっと量が多かったのでした(^^)

2011年5月10日火曜日

レモン丸かじりっ!!


今日は午後からの降水確率が高いので、お散歩ではなくまっすぐ浅草へ向かって、3本立ての映画を観ることにしました。通常は、1300円の入場料が午前中は1000円です。上映は、午前10時10分から始まるので、10時ちょうどに入ったら、60席ほどの館内にはまだ誰もいなくて一番乗りのようでした。
機会があれば観ておきたい映画のひとつが、いまおかしんじ監督の「たまもの」なのですが、DVDを購入してまで観たいほどでもないという、なんとも中途半端な作品です。主演の林由美香は、既に亡くなられました。この映画でデビューしたのが華沢レモン(1984年生)でした。以降かなり多くの映画に出演しています。
「ピンク映画」は、アダルトビデオとはまるっきり別のジャンルというのか、全く別種の制作ルールがあるように思えました。ひとつには、映像をモザイク処理などしないし、疑似セックスでAVのように本当に性交して撮っているのではないようです。
3本立ての場合は、人気のあるメインの作品が後の上映となるそうなのですが、やはり1本目の華沢レモン・主演作よりも3本目の藤崎クロエが主演のほうが断然面白かったのでありました。
なんだかムレムレになりそうな蒸し暑い日でした。

2011年5月9日月曜日

男断ち一年vs男勃ち一念


クリトリスに着けたリングピアスが身体に馴染んできたような感じがしています。いまのところは仮のピアスで、「特注品」はまだ出来上がったという連絡が来ていません。
そのデザインと制作をしてくれているのは、ずっと音信の途絶えていた友人です。大震災の後、新聞に掲載されている震災での死亡者名のところにわたしと同じ名字が毎日のように数多く載っているので、急に心配になって消息を調べたということでした。
十年ぶりくらいで再会して話をしていたら、アクセサリーデザインの仕事をしているというので、迷わずに相談してみたのでした。でもボディピアス、それもクリトリスや小陰唇に着けるピアスのデザインはしたことがないと言ってました。たぶんその日からデザイナーとして素材からの再勉強をわたしが始めさせてしまったようです(^^;)
逆に彼女のほうから相談されたのが「ひとりエッチ道具」についてでした。その時にわたしが、これまた迷わずにバッグの中からバイブレーターの現物を取り出したことが彼女にとっては、眩暈がするほどの衝撃!!だったようでした(笑)
彼女もわたしもセックスすることが嫌いなわけではないのですが、一度機会を与えたら二度目以降も必ずあると妄信している男性たちを扱うのが、ただただ「面倒」だというのが共通したところでした。
「十年ひと昔」と言いますが、十年前と比べたらバイブレーターの値段は信じられないくらい安くなって、多機能になりました。以前は、一万円以上ださないとまともに動作するものがありませんでしたが、今では四、五千円が高価な部類です。きっと沢山作っても売れる時代になったということなのかもしれません。
彼女へのお薦めの品を物色しているうちに「なにこれ!?」と思ったのが「爆射バイブスペルマラッシュ」という名前のバイブでした。なぁんと射精機能がが付いているという爆笑商品です。アマゾンの通販では、参考価格8400円、販売価格3680円(送料無料)となっていました。ネット通販では、どこでも4000円前後のようなので、「話のタネ」にと購入してみることにしました。
「人工精液」(?)は、二回分(30cc)しか附属していません。本物よりも薄く水っぽいようです。粘性の強い液体だとなかで詰まるなどの不具合が起こるのかもしれません。「スペルマフィーリングジェル」という名称で、膣内洗浄・抗菌消臭・保湿・収斂などの効果があって、使うほど理想的な女性器になるという謳い文句です。バイブレーター本体は、亀頭に相当する部分の直径が3cmですが、Gスポットを刺激するところの直径は、4.5cmもありますので、性経験の少ない子には、向かないかもしれません。
ヘッド部は、8種類のグラインドバリエーション、7段階の振動変化が可能です。まだ使い込んでいないので、ちゃんと評価できない面もありますが、ひとりエッチ用というよりは、パートナーとふたりで楽しむ道具だと思えました。

2011年5月8日日曜日

放射能に注意!?



「マムシに注意」と書かれたような看板を見かけると、、、もっと具体的にマムシに咬まれたらどうせよなどと書いておいて欲しい気がしてきます。マムシさんは読んでも分かりませんが、「痴漢に注意」とか「空き巣に注意」などでは防止効果があるのでしょうか???
放射能を除去できる空気清浄機がそろそろ発売されてもおかしくない時代になってしまいました。「月刊天文ガイド」(6月号)の「藤井旭が見に行く東日本大震災」で東北各地にあるアマチュア天体観測所の様子が載っていました。「ほんとうの空があるうつくしま・ふくしま」へ星を眺めに行きたいです(^^)
どこもそうなのかもしれませんが、地震後は日曜日のお台場が閑散としています。ビーナスフォートやパレットタウンのほうへはあまり行かないので謎ですけど、GW中に開催していた「お台場ハワイフェスティバル」も例年並みの観客を動員できなかったのではないかと思います。
朝のお台場海浜公園でゴミ拾いをしているボランティアのおじさんが、最近はあまりゴミが落ちてないと言ってました。単純に遊びに来る人が減ったせいのようです。
もうユリカモメなどの渡り鳥はどこかへ行ってしまったので、波打ち際には色が変わって見えるほど大量の小魚が群れていました。砂浜に打ち上げられて死んでいるクラゲを沢山目にしますが、まだ生きて泳いでいるクラゲも見ることができました。海水にもいつもより透明度を感じるのは、人がすくないからなのでしょうか?

2011年5月7日土曜日

見返り美人ひしひし


藤の花が開花してから三回目の「あしかがフラワーパーク」行きとなりました。今日は朝から雨が降ったり止んだりの一日でした。
V字形に崩落した岩船山をJR両毛線の車窓から撮影しようとしましたが、雨でよくみえないのでやめてしまいました。3月11日の地震で崩れたそうです。昔は大平山へと続くハイキングコースだったようですが、昨年見たら採石で山を削りすぎて細くなったところに鉄橋のような通路が設置されていました。それも鍵付きの扉で通行止めなってました。午後から寄って帰るつもりでいましたが、雨がやや強くなってしまったのでやめておきました。
写真は、あしかがフラワーパーク内にある「むらさき藤」で「見返り美人」と名付けられているみたいです。腰の曲がり具合が、見返り美人なのでしょうかね???
迫間自然観察公園で、昨年オオムラサキがいたところに行ってみましたが、なんだか少し木々が伐採されたのか、みょ~にスッキリしてしまっていて、今年も見られるかどうか危うい感じがしてきてしまいました。
もうトンボが飛んでいました(^^)

2011年5月6日金曜日

追悼・団鬼六


ときめきをありがとう。合掌。

不死、ふじ、フシギ


日本最古・樹齢千二百余年、弘法大師お手植えの藤とも言い伝えられている天然記念物「牛島の藤」を春日部市の籐花園へ見に行きました。東武野田線「藤の牛島駅」から徒歩10分のところにあります。
藤の花が咲く三週間くらいだけ開園されるだけで、普段は大きな鉄の門が閉ざされています。入園料は、1000円です。見頃は、例年子供の日のあたりだそうですが、すでに一番美しいときを過ぎている感じがしました。
春日部市は、マンホールも藤のデザインですが、なんとなく桐のタンスとか桐の羽子板のほうが有名な気がします。売店では「らき☆すた」のどらやきが売られていました。「クレヨンしんちゃん」のキャラクター食品だってあるのでしょうけど???
帰りは、藤の牛島駅に引き返さずにいつもてくてくと春日部駅まで小一時間かかって歩いてしまいます。ちなみに藤の牛島駅は春日部の次の駅で、電車なら三、四分の区間です。
東八幡神社には、樹齢600年という大欅があります。「百貫」(375Kg)あるという「力石」は、江戸時代の「力持ち」見世物興行をしていた越谷市生まれの「三之宮卯之助」がここで持ち上げたときに奉納されたのだそうです。牛を乗せた小舟を持ち上げて見せていたなどと説明看板に書かれていました。この神社の参道は、国道四号線にぶつかり、その向かい側には、芭蕉が奥の細道の折に宿泊したと名乗りを上げている寺があります。大きな石碑まで建てていますが、芭蕉が寺のような寝心地の悪いところに宿泊するわけがないような気がするのですが、、、いかがなものでしょう???
以前、マウスコンピューターのお店があったところはレンタカー屋さんになってました。ネズミさんは、どこかに引っ越してしまったようです。

2011年5月5日木曜日

憧れのゲロ吐きイマラチオ


もう既に二年くらい前に発売されたらしいDVDで、大沢佑香・主演の「潮吹きMドラッグ」を観ました。アダルトビデオを多く観ていない観ない理由は殆どが「どこが面白いの?」という感想しか思い浮かばないからですが、このDVDには見入ってしまいました。”女体肉便器・連続強制フェラ・生中出し”という副題が付いているそのままハードな内容でした。
まずは縄で縛られた状態でゲロを吐きながらのフェラが男性6人連続で行われます。縛られたままの手でオナニーをし小水を吹く様は「凄い!!」としか言えません。つまりは、自分がそうされてみたいということなのでしょうけれど、、。佑香さんの便器に開脚して縛り付けられたままで終わるラストシーンの表情も素敵でした。
プロのAVライターとか評論家みたいな人達は、どんな風なのかと検索してみましたが、なかなか書評のような具合には見つかりませんでしたが、現場レポート(http://www.dogma.co.jp/design/ddt232.php)がなかなか良かったです。
そうそうAVライターと言えば、雨宮まみさんがポット出版のサイトに連載中の『セックスをこじらせて』(http://www.pot.co.jp/kojirasete/)はお薦めです(^^)

2011年5月4日水曜日

池田晶子『睥睨するヘーゲル』


4月11日に埼玉県幸手権現堂堤へと桜の花を見に行った帰りに寄った古本屋で購入しました。105円でした。
実は、、、「睥睨する」がどういう意味なのか、「ヘーゲル」とはどんな人なのか全く知りませんでした。しかもダジャレ風な書名とカバーに載っている元アイドルみたいな容貌の著者近影とのミスマッチがなんともよろしいのでありました。1997年1月22日に講談社より刊行されたものです。1994年以降に雑誌などに書いたものを集めたとのことです。
専門用語など使わずに書かれた「哲学書」になるのかもしれませんが、難しい言葉を使ったり、くどい言い回しがされていなくても、なかなかスッと内容が理解できない感じがしました。まっそれは、わたしの頭の出来の悪さでしょうけど(^^;)

2011年5月3日火曜日

藤の高値に振る勇気も今日と盆と蝶に♪


そろそろ藤の花が見頃らしいので再び「あしかがフラワーパーク」へ行くことにしました。
目覚まし時計はセットした時刻にちゃんとお仕事をしてくれたのかどうか謎のまま2時間遅れの出発となりました。ついでに思い出しましたが、電波時計の時報発信基地は福島第1原発の近くにあって、壊れてしまったという話を聞きましたが、もう復旧したのでしょうか?
入園料は、四日前より200円上がって、1700円となっていました。午前9時過ぎにJR富田駅に到着しました。岩舟駅を通過する前に外の景色を眺めていたら、、、なんだか岩船山の中央部で大規模な崩落でもあったのか一目見て分かるくらいに形が変わっていました。
藤の花穂は、まだまだ長く伸びそうな感じがしました。キャッチフレーズ通りの「世界が息を呑んだ美しさ」までは、あと二、三日かもしれません。それでも凄い数の人が来ていました。ミツバチやクマバチは、晴れた天気ではないせいなのか、人の数よりずっと少ない集まり方でした。
昨年は、ちょうど今頃に大小山の登山口付近でカメラを水の中に落としてしまったことがありました。
フラワーパークの隣に「迫間自然観察公園」があります。ここで昨年、オオムラサキと出あうことができました(^^)
今日は、雨も降ってきてしまって野外露出するにはだいぶ肌寒い日となりました。

2011年5月2日月曜日

がんばろう日本


頑張らない生き方も「あり!!」という認識もだいぶ広まってきたところだと思っていたら、いつのまにか「がんばれ」の大合唱になってしまいました。
広義の「お台場」は、旧13号埋立地で港区と品川区と江東区から成ります。羽田空港に離発着する飛行機を見物するならば、江東区のあたりからがよいかもしれません。
「鶴丸」マークの飛行機が見えたので写真に撮ってみたら、、、「がんばろう日本」と書かれていました。翼に隠れた部分に「航空」の文字があったら笑えます(^^)

なんど試みてもエラーがでて失敗していた「あんぽんたん姫 遊行録」ブログデータのインポートでしたが、なんとか成功したので、頂戴したコメントもそのまま残らず公開にしました。お引っ越しのことは、通知を出しておりませんので、ご縁が続けばよろしくお願い致しますm(_ _)m

りんぐりんぐりんぐ


今朝のお台場海浜公園にはもうユリカモメの姿はありませんでした。ウミネコらしい大柄の鳥が一羽だけいました。
汐干狩をしている人が何人かいます。熱心に砂浜を掘っているおじさんを見ていると見かけは同じようなのに収穫する貝とそうでない貝があるのようなので訊いてみたら、「シオフキ」は食べられるようにするまで手間がかかるので採らないのだそうです。ちっちゃなカニも砂浜でうごうごしていました。
凄い人数の高校生が押し寄せるように歩いてきました。みんな制服姿なので「修学旅行?」と訊ねてみたら、、、奉仕活動をしないと単位がもらえないというお返事でした。どうやらゴミ拾いを始めるようでした。
海浜公園では、そんなに強く感じられなかった風でしたが、レインボーブリッジを歩き始めたらとても強烈で吹き飛ばされそうなくらいでした(^^;)
レインボーブリッジを芝浦側に渡ってしまったあとの交通手段としては、品川区の料金100円なりの「ちぃばす」で品川駅か田町駅へ行く、新交通ゆりかもめで新橋方面へ行く、都バスで浜松町駅へ行く、あるいは日の出桟橋から水上バスに乗ってお台場に戻るか浅草・吾妻橋まで行くなどの選択肢があります。
4月15日からは、「御座船安宅丸」(寛永9年に徳川家光が新造した軍艦形式の御座船で別名「天下丸」、50年ほど江戸幕府の防衛の任務をした)が船の科学館まで約40分の運行がはじまっていましたが、、、今日は「運休」となっていました。この「将軍航路」は、10時・13時・15時ちょうどの3便だけのようです。
日の出桟橋に着いたと同時に浅草吾妻橋行きの船がでてしまったので、30分待つ間にソフトクリームをたべてしまいました。
浅草行きの船の乗客は、ハトバスなどの団体客以外は95%くらい外国人でしたが、地震の後はいなくなってしまいました。
浅草・浅草寺はなぜか若い女の子たちがいっぱい遊びに来ていて、まるでディズニーランドのようでした(笑)

2011年5月1日日曜日

原点回帰


奥日光ふみふみひかりのどけきぱらだいすツアー初日に雷雲によるまさかの大雪で楽になってきたかと思えた肩凝りが戻ってきてしまいました。天候の激変に遭遇すると事故や遭難などありえそうもない場所で間違って死んでしまうなんてこともあるのではないかと思えました。一度通ったことのあるハイキングコースだったので、視界が悪くても道を間違えずにすみましたが、初めてのところだったら恐怖がいっぱい上乗せされてしまっていたかもしれません。
お台場と芝浦埠頭を結ぶレインボーブリッジが歩いて渡れるということを知って行ってみたのは、もう4年くらい前の事になります。どんな気分の高揚だったのか、悪魔が囁いたのかわかりませんが、お台場海浜公園のトイレに寄ったときに、ふとパンティもパンストも脱いだままでレインボーブリッジを歩いたら風が気持ちよく感じられるのではないかと思ったのでした。
歩く距離は片道でおよそ1.7キロです。二階建てのような感じで、上に首都高速道路、下が一般道と歩道です。海風よりも一般道を通過してゆく大型車による風の方が強烈でした。「風でまいあがるスカートは、けっして手で押さえない!!」というルールを心の中に決めました。
東京タワーや隅田川の河口を眺めながらゆっくりと歩いていると日頃のストレスが風にどんどん吹き飛ばされて消えてゆくような感じがしました。下着を着けていないことで身体が緊張してしまうかと思ったら逆でした。
初めての時は、芝浦側のトイレですぐにパンティを穿いてしまいましたが、何度目からか後は、電車とバスを乗り継いで帰宅するまでそのままです。不思議と隙がなくなるせいなのか、下着を着けていない時は電車内の痴漢に遭ったことがありません。
いつも午後6時前後にお台場側から歩いています。11月から3月末までは、夕方早くに通行できなくなってしまうので、歩く機会が激減します。この4年間、4月から10月までは、週に2回ほど歩いていましたが、今年は仕事の都合でまだ1回しか歩いていません。肩凝りがとれないのは、そのせいなのでしょうかね???
これって野外露出のようで、ちっとも「露出」していないわけです。これまでに下着を着けていないことを目撃した人は、10人までいないと思っています。
野外露出では一昨年、警察に捕まってしまいました。「逮捕」ではなかったので「前科」ではなく「前歴」ありの身です。田舎の誰もいないような場所だったのが、かえって仇となり携帯電話で警察に通報したのは女子高校生だったみたいです。