2011年11月30日水曜日

陣馬山で笛を吹いたらジンバブエ!?


高尾山山頂(599m)には、ケーブルカーに乗った人たちよりも早く到着できたようでした。山頂から少し階段を下りると「これより奥高尾」という標識が建っていました。「奥日光」や「奥秩父」と同じように「奥」があることは知りませんでした。
四日前に、もっと遠いのかと思って足を運ばなかった「もみじ台」は、山頂から10分とかからないところにありました。紅葉は見頃を過ぎてしまっていましたが、大きなモミジの木が多くありました。
午前9時20分頃「一丁平」の展望台に着きました。富士山のある側がよく見渡せる場所でした。歩道脇は、山桜並木となっていて春の頃も良さそうです。
「小仏城山」(670m)からは「相模湖」(5.8Km先)のほうへも道がありました。茶屋の親爺らしき人が従業員(?)に「客が来るのはせいぜい今週末までで12月はもう人は来ない」と説明してました。城山山頂は、東京都と神奈川県の境界でした。私有地とのことです。相模湖と富士山が見える場所もありました。全19キロ道程のうち約7キロを歩きました。
小仏峠には、明治天皇が休憩したという石碑があります。標高は、560mです。午前10時50分頃に「景信山」(727m)に着きました。今日は営業していませんでしたが、ここにも大きな茶屋があります。東京都側の景色がよく見えました。小仏バス停のほうへ下山できるようでした。
午後0時10分頃に「明王峠」(738.9m)に着いたので昼食にしました。ここからも富士山がよく見えました。富士山の写真を撮ろうとしたら一段下の場所から声がして「なんで寄って来るんだ。あっちへ行け!!」と爺さんが大声で言うのでビックリしました。蠅とでもお話していたのでしょうか???
明王峠から陣馬山までは、約2キロ、120メートルくらい標高差があるので最後のきつい登り坂があると覚悟していましたが、とくに大変なこともなくて、午後1時過ぎに陣馬山山頂(857m)に到着しました\(^^)/
ずっと登山道は整備されていて歩きやすく、先日の足利・名草巨石群から浄因寺までの8.5キロのほうがはるかに大変でした。
小一時間で陣馬山を下って、午後2時25分発の高尾駅行きバスに間に合いました。

(写真は、陣馬山山頂の馬のオブジェと富士山+太陽)

2011年11月29日火曜日

椛ショーツでショートカット





一昨日までの天気予報では、今日は雨降り確実と思えましたが、昨日になって本日の予想降水確率が30%くらいにまで急落しました。雨が降るか降らないかの二者択一を百分率で表すことの「絡繰り」はどうなっているのか、ちんぷんかんぷん蚊帳の外でありますが、四日前に下見をした高尾山へ再び出掛けることにしました。若い子達の登山ファッションは、千差万別なんでもありの感じでした。先日、足利市の山々を歩いたときは厚手の生地のジーンズが災いして苦しい思いをしたので、今日は思い切って身軽にミニスカ登山を試してみることにしました。

ネットの乗り換え検索で、、前回より16分早い電車に乗ると24分早く着けることが判明しました。そんなわけで、午前7時8分に高尾山口駅に到着です。ケーブルカーが動く時刻まで52分待っていられないので、歩き始めることにしました。陣馬高原下バス停まで約19キロの道程です。

最初は、最も利用されているという「1号路」(3.8Km100分)をゆくつもりでいましたが、コース紹介での難易度はひとつ上がってしまうものの山頂近くまで沢沿いを通るという「6号路」(3.3Km90分)を通ることにしました。明日まで「登り専用路」になっていますし、沢沿いを通るということは、無駄なアップダウンが少ないことを意味するのではないかと考えたからです。

山道に入ってわりとすぐに「びわ滝」がありました。「水行道場」となっているようで、針金で縛って閉鎖されている鉄柵に囲まれているので滝の近くまでは行けませんでした。鉄柵には「心がみだれると ものの姿は ゆがんで見える 心を静かに澄ませば 誰でも ものの姿を 素直にとらえる ことができる」と書かれた貼り紙がありました。登山道側には、波板鋼板で塀が作られていて、滝壺の辺りを見えなくしているように思えました。日本全国の滝行行脚も機会があればしてみたいものです。

予想よりも歩きやすくて、60分ちょっとで高尾山山頂に着きました。雲が多くて富士山は見えないだろうと思っていましたが、意外にもはっきりくっきり見えてました(^^)







奥高尾縦走へ!!


一昨日までの天気予報では、今日は雨降り確実と思えましたが、昨日になって本日の予想降水確率が30%くらいにまで急落しました。雨が降るか降らないかの二者択一を百分率で表すことの「絡繰り」はどうなっているのか、ちんぷんかんぷん蚊帳の外でありますが、四日前に下見をした高尾山へ再び出掛けることにしました。
ネットの乗り換え検索で、、前回より16分早い電車に乗ると24分早く着けることが判明しました。そんなわけで、午前7時8分に高尾山口駅に到着です。ケーブルカーが動く時刻まで52分待っていられないので、歩き始めることにしました。陣馬高原下バス停まで約19キロの道程です。
最初は、最も利用されているという「1号路」(3.8Km100分)をゆくつもりでいましたが、コース紹介での難易度はひとつ上がってしまうものの山頂近くまで沢沿いを通るという「6号路」(3.3Km90分)を通ることにしました。明日まで「登り専用路」になっていますし、沢沿いを通るということは、無駄なアップダウンが少ないことを意味するのではないかと考えたからです。
山道に入ってわりとすぐに「びわ滝」がありました。「水行道場」となっているようで、針金で縛って閉鎖されている鉄柵に囲まれているので滝の近くまでは行けませんでした。鉄柵には「心がみだれると ものの姿は ゆがんで見える 心を静かに澄ませば 誰でも ものの姿を 素直にとらえる ことができる」と書かれた貼り紙がありました。登山道側には、波板鋼板で塀が作られていて、滝壺の辺りを見えなくしているように思えました。日本全国の滝行行脚も機会があればしてみたいものです。
60分ちょっとで高尾山山頂に着きました。雲が多くて富士山は見えないだろうと思っていましたが、意外にもはっきりくっきり見えてました(^^)

(写真は、富士山と山頂付近の紅葉)

2011年11月28日月曜日

陽光なければ紅葉なし


今日は、武蔵嵐山渓谷か国営武蔵丘陵森林公園のどちらかへ紅葉見物に行くつもりでいましたが、晴れて暖かくなるという天気予報と違って、空はどんよりと曇ったままで、風も冷たく感じられました。
豊洲駅から地下鉄有楽町線に乗ったところ、、武蔵嵐山や森林公園のある東武東上線直通ではなく、たまたま西武池袋線清瀬行きだったので、東池袋駅で下車してしまいました。ちょうど午前10時でした。
開園時刻間もなくなのに「サンシャイン水族館」は、混んでいました。リニューアルオープンから一ヶ月もすれば来る人も少なくなるかと思っていましたが、平日でもいつも混んでいるみたいです。
写真(上)は、メイン水槽での水中給餌パフォーマンスです。水槽には、6000匹の魚がいるとのことですが、そんなにいるようには思えません。ちょい太めのお姉さんで、魚に餌をあげていると言うよりも魚に取り囲まれて食べられているように見えました。ウェットスーツではなく水着にしたら子供たちだけでなく鼻の下を伸ばしたお父さん達も寄ってきて、さらに千客万来かもしれません(笑) 写真(下)は、アシカショーで鼻息シャボン玉を飛ばしているところです。
サンシャイン60展望台は、閑散としていました。東京スカイツリーも半ば霧に包まれて見えました。遠くの山や東京湾は見えませんでした。

2011年11月27日日曜日

花魁は熊手買う閑もなし酉の市





「三の酉まである年は火事が多い」というのは、統計的には嘘になるそうです。ネットで検索すると浅草・鷲神社に近い吉原に月に三回も行くなと女房が牽制したとする説がでてきます。逆に見れば、吉原にとっては熊手を買わなくても三の酉まである年は、千客万来・商売繁盛となったということでしょうか?

昨日は三の酉でした。今年は、一の酉の日に富岡八幡宮へ寄っただけなので地下鉄・三ノ輪駅で下車して鷲神社に行こうとしましたが、「待てよ、、熊手も買わないのに見に行くだけだと自分の幸運も他人の熊手に奪われないの?」という気がしてきました。なので吉原で知人が働いているお店に寄ってしまいお酉様には行きませんでした。仕事を替えて収入が激減したときに2年間ほどこのお店でアルバイトさせてもらって助かりました。

この店で働いている頃、吉原で「花魁道中」のイベントが企画されましたが、交通規制されることを嫌うソープランド業界の反対でイベントは中止になりました。花魁道中を見物に来る客とソープランドに来る客は別物だという判断もあったのでしょう。警察も他の行事と重なって人手を理由に協力できないという話になったようでした。それも業界の根回しがしっかりされていたということだと思えます。この時に花魁役をするはずだった子は、たぶん遠い目をして今頃はブログにでも書いているかもしれません(笑)

浅草辺りでの「おいらん道中」は、料亭などにより毎年四月の第二土曜日に「一葉桜まつり江戸吉原おいらん道中」が開催されているようです。









酉の市、花魁は熊手買う閑もなし


「三の酉まである年は火事が多い」というのは、統計的には嘘になるそうです。ネットで検索すると浅草・鷲神社に近い吉原に月に三回も行くなと女房が牽制したとする説がでてきます。逆に見れば、吉原にとっては熊手を買わなくても三の酉まである年は、千客万来・商売繁盛となったということでしょうか?
昨日が三の酉でした。今年は、一の酉の日に富岡八幡宮へ寄っただけなので地下鉄・三ノ輪駅で下車して鷲神社に行こうとしましたが、「待てよ、、熊手も買わないのに見に行くだけだと自分の幸運も他人の熊手に奪われないの?」という気がしてきました。なので吉原で知人が働いているお店に寄ってしまいお酉様には行きませんでした。
何年か前に吉原で「花魁道中」のイベントが企画されましたが、交通規制されることを嫌うソープランド業界の反対でイベントは中止になりました。花魁道中を見物に来る客とソープランドに来る客は別物だという判断もあったのでしょう。警察も他の行事と重なって人手を理由に協力できないという話になったようでした。それも業界の根回しがしっかりされていたということだと思えます。
「おいらん道中」は、料亭などにより毎年四月の第二土曜日に「一葉桜まつり江戸吉原おいらん道中」が開催されているようです。

2011年11月26日土曜日

虫けらは寺に逃げよ!!


石碑に刻まれた文字の大半は誰かが解説でも付けてくれないと読めません。高尾山の薬王院参道にあった石碑で、みょ~に印象に残ったのがシンプルに四文字だけの「殺生禁断」でした。『続日本紀』に載っているそうで「仏教の慈悲の精神から鳥獣の狩猟や殺生を禁じること」という意味らしいです。
「虫も殺さぬ男」という表現がありますが、殺生禁断の対象に「虫」も含まれるのでしょうか??? 小林一茶の句で「やれ打つな蠅が手をする足をする」が思い浮かびます。
それでも仏教の慈悲の心をもってしても植物の「生」は無視されているのかもしれません。それを考慮したら「護摩焚き」ができません(笑)
高幡不動尊でなにやらぶんぶん音がしていると思ったら江戸時代初期に建てられたという「五部権現社」に大きな蜂の巣ができていました。スズメバチの巣とは形状が違うので、ミツバチの巣なのかもしれません。だいぶ大きいので偉い坊主も気付いていても「殺生」しないということですかね???

2011年11月25日金曜日

目に赤葉山とほほのほ初高尾


昨日、京王線百草駅でなんとなく手に取った「京王線で行く2011秋 高尾・陣馬スタンプハイク」というパンフレットを見ていたら、、、高尾山から陣馬山への縦走コース15.3Km約5時間5分というのが載っていたので、下見に出掛けることにしました。
もっと遠くて時間がかかるかと思っていましたが、JR武蔵野線・中央線経由で2時間かからずに午前7時半過ぎ京王線・高尾山口駅に着きました。登山道は、「1号路」から「6号路」までと「稲荷山コース」というのがあるようでした。今回はとりあえず楽をして登りには、ケーブルカーかエコーリフトを使うことにしました。ケーブルカーは、午前8時から15分間隔で運行、リフトは、午前9時からということなので、ケーブルカーになりました。料金は片道470円、往復900円です。昭和2年の営業開始で、「日本一の急勾配」(31度18分)ケーブルカーとのことです。標高201mのところから1キロ先、標高472mのところまで所用時間は、わずか数分です。
山頂の展望台からは、富士山がとってもきれいに見えていました\(^^)/と、「江ノ島」が意外に大きく見えました。快晴の空です\(^^)/
1000mmを超えていそうな望遠レンズで鳥を熱心に撮っている親爺がひとりいて、それを見て富士山を写しに来た人がみんな鳥を撮りはじめたのですが、誰も何という鳥なのかは分かっていませんでした(^^;) クチバシが太い黄色のけっこう大きな鳥です。数羽いて、木の実を食べています。いつのまにか「カケス」ということになってしまいましたが、すぐ近くにある「高尾ビジターセンター」の展示を見たら「イカル(斑鳩)」でした(^^)v
午前10時過ぎにはもう「稲荷山コース」から下山を始めました。下からは、次から次へと多くの人が登ってきます。どれほど高い山へ行くのかというくらいに大きなリュックで重装備の人もいれば、白人の中学生は半袖Tシャツで手ぶらです。明日にも死にそうな婆さんからお水に出勤前風ばっちりメイク嬢まで、、、さすがミシュランお墨☆附の山です。いつも一日ずっと誰にも出合わないようなところばかり歩いているので、なんだかこんな登山行列は勘弁して欲しいような気分でした(^^;)
下山するとケーブルカーもリフトも大行列となっていて30分以上も列ばないと乗れなくなっていました。これで再び今度はリフトで上がって別のルートから降りてくるというつもりが頓挫しました。昨日に続いてまた「高幡不動尊」に寄ってから渋谷経由で帰ることにしました。まだ明るい内に帰れました。

2011年11月24日木曜日

1350株の椛の葉は何枚になるの?


東京都日野市にある関東三大不動のひとつとされている「高幡不動尊」(高幡山明王院金剛寺)の紅葉見物に行きました。昨年は、11月27日に出かけて見頃でした。ネットで検索したらだいぶ紅葉していると書いている人がいましたが、去年と比べるとまだ三分の一も紅葉していない感じでした。来週くらいが良さそうです。
無料配布されているパンフレットには、「塔山のもみじ」として樹齢100~300年 350株、二十年未満(稚木)1000株あるように書いてあります。20年以上100年未満のモミジはないのでしょうか???(笑)
歩いて「京王百草園」へと移動しました。入園料は、300円です。こちらは、紅葉時期に訪れるのは初めてですが、ここもまだ少し早いようでした。
昨日は祝日なので1000人くらいの入場者があったと売店のおっちゃんが言ってましたが、例年よりは少ないのだそうです。今日は閑散としてました。
東には東京スカイツリーや新宿の高層ビル群、西には富士山(写真・下)がみえていました。

2011年11月23日水曜日

裏庭ぁーと美人


都内から足利市まで行くのにずいぶんと時間がかかってしまいましたが、特急ならば浅草から1時間20分ほどのようです。1時間も歩くことなく「巌華園」までタクシーに乗れば10分とかからないはずです。檀一雄が酒瓶を抱えたままふらふらと中橋を渡ることなど実際にはありえなかったのかもしれません。
巌華園の名勝の庭から裏山を経て建物の裏手にまわると壜やフライパンなどに顔を描いたものがたくさんありました。小さなアトリエらしき部屋もあったので、ここの主人か誰かは絵を描くのが趣味ということなのかもしれません。小鳥の餌台などもあり、いい感じの一隅となっていました。たぶんそこへ迷い込む泊まり客はいないのかもしれませんが、、。
巌華園から市街地へと戻る途中に「吉祥寺100m」という案内看板が見えたので、ここにもなにか文化財があるかもしれないと路地を入ってゆくと、、寺は、実際には200メートル以上先にありました。寺に入って行くといきなりボランティアの文化財解説婆さんに捕獲されちゃいました(^^;)
年に二、三回しか公開しないという室町時代に制作されたらしい仏像を見ることができました。「木造聖観音菩薩坐像」とのことです。仏像頭部の盛り上がりですが、なにか被っているのではなく、菩薩像なので髪を束ねて結った「宝髻(ほうけい)」ではないかと思いましたが、頭がこぶのように盛り上がった「肉髻(にっけい)」であると説明されてました。
最近造られたもののようですが全裸(!?)弁財天像もありました。ミリ単位の隙間からでしか見えないので写真は撮れませんでした。「足利七福神」には、本城厳島神社の明石弁天、名草厳島神社の名草弁天、通6丁目厳島神社の長尾弁天の三つが観光パンフレットに載ってます。ここのは入っていません。
本城2丁目にある厳島神社・明石弁天では「美人証明書」お守りが貰えます。刺サイズとハガキサイズがあります。ネットでお参りもできます(^^)

2011年11月22日火曜日

ROCK ON KING マーキュリー星、落ちて20年


冷え込んだ朝でした。夜明け前に夜空を見上げて、、、北斗七星からいわゆる「春の大曲線」をたどってみたら、おとめ座のスピカが2つになってました!! 夕空には、西に金星、東に木星が明るく輝いていますので、スピカの隣りにいるのは土星でしょうか???
半月ほど前だったか、、手帳の今日のところに「清澄庭園」のライトアップを見に行くという予定を書き込んでいて、そのつもりでいたのですが、20日までで終了していました。「六義園」のほうは、18日から12月4日までです。今宵は、なんとなく六義園のある駒込まで行くのが面倒な気分でした。すると東京タワーがおいでおいでと手招きしているように見えたので寄ってみることにしました。
今日の東京タワーは鉄でできているのではなく、ガラス細工のように見えました。
明日からは、「結成40周年記念クイーン展 QUEEN FOREVER」が東京タワー1階特設会場で始まるようでした。12月11日までです。裕福な団塊世代がターゲットなのか、入場料は1800円となってました。
仮面ライダーのテレビ放送が始まって「40周年」というのが今日の読売新聞に載っていました。

2011年11月21日月曜日

街中よりも紅葉が遅い山ん中


昨日、思ったよりも足利市内のモミジが紅葉していたので、今日は山の方へ行ってみることにしました。
午前8時3分に足利市駅前を出発する「足利市生活路線バス」の「名草線」に乗るつもりですが、通勤通学で混む時間帯なのでバスの出る一時間前に着きました。
まず駅のすぐ近くにある「足利富士浅間神社」へ行ってみました。15分ほど山に登ります。ほぼ快晴なので、赤城山や榛名山、すぐ近くには太田市の金山が見えていましたが、近くの山に隠されて富士山は見えないようでした。
だいぶ前にバスに乗ったときは、足利市駅前が出発地にもかかわらず佐野市営バスだったように憶えています。その頃と通るルートが異なっていました。40分ほどで終点の「入名草」バス停に到着です。終点まで乗っていた人は他にいませんでした。料金は200円均一です。午前中は、8:03発の便だけで一日に三便ほどです。
バス停から小一時間歩くと天然記念物となっている「名草巨石群」があります。「石割楓」は枯れそうになってました。今日は、そこから山道に入って、藤坂峠と馬打峠を通って、8.5キロ先の「行道山浄因寺」へと向かいました。特に体調が悪かったわけでもありませんでしたが、いつもより登り坂に閉口しました(^^;)
それでも昨日、観光案内所で貰っておいた「足利市ハイキングマップ」に記載されているのとほぼ同じで約4時間で浄因寺に着きました。あまり紅葉してなく、紅葉しているところもあまりきれいではありませんでした。掲示写真は、2枚とも浄因寺で撮りました。
さらに「大岩山」(417m)を通って、「最勝寺・大岩毘沙門天」へと行きました。ここは、鐘楼の下にあるモミジがきれいに色づくはずなのですが、まだ緑の葉のままで全く紅葉していませんでした。
「両崖山」(251m)を通って駅に向かった方が近道なのですが、山を下って遠回りしたほうが少しだけ時間がかからなそうなので、下山しました。
足利市駅には、午後5時10分に着きました。今年歩いたルートでは、最も時間的に長く、最もハードなコースでした。紅葉見物としては大ハズレで、撮った写真もいつもよりとても少ない枚数でした。

2011年11月20日日曜日

火宅の人が愛した庭


先週は都内から栃木市へ、今日は足利市へと行きました。昨夕から夜半過ぎまでは、まるで台風が通過しているような天気でした。屋根もあり傘も差していてバスを待つ間に横殴りの雨でびしょ濡れになってしまいました(^^;)
足利市は、昨日と今日が「市制90周年記念事業・足利の文化財一斉公開2011」です。お台場から3時間以上かかって、東武伊勢崎線・足利市駅には、午後0時30分の到着でした。
パンフレットの文化財の公開場所一覧には、57ヶ所があがっています。今回は、足利市の北部・月谷町にある旅館「厳華園(がんかえん)」を見に行くことにしました。「平成16年に主屋、蔵、大門など7棟が歴史的建造物として国の有形文化財に登録」となっています。
足利市駅からは、歩いて一時間ほどかかりました。これまでに三、四回くらい門のところまで行って中を覗き込んだことがあるのですが、食事も宿泊もしないのに敷地内に入るのはなんだか気が引けてました。
巌華園のHPには、”旅荘巖華園として一般に開放されて以来、作家檀一雄、坂口安吾、武田泰淳、尾崎士郎、山本健吉の諸先生を始め、洋画家岡本太郎先生、俳優森繁久弥氏他多数の政界、 財界、文化人の去来をみたのである。”と書かれています。
今日は、何組かの団体客が食事や宴会をしていたようで、玄関前に「旅館営業の都合により、現在、建物内部の見学はご遠慮いただいております」と掲示されていました。建物だけでなく庭園は「国登録記念物」との旨も書かれてました。
撮った写真には、、「庭園の斜面は大変危険ですので、お入りにならないようお願い申し上げます」とも書かれていましたが、それは読まずに斜面を登っちゃいました(^^;)
モミジの紅葉がきれいでした(^^)
無料なので「足利学校」と「足利市立美術館」に寄りました。

2011年11月19日土曜日

蔵の街 栃木うたまろ花魁道中



11月12日に行われた栃木県栃木市蔵の街美術館主催イベント「おいらん道中」をスライドショー(ビデオ)にしてみました。

そして陰りゆく山際


中津川のバス停に着いたのは、午前10時41分でした。帰りのバスは、11:20発、14:20発、16:10発の3本しかありません。一緒に到着した老夫婦は、11:20発のバスに乗ってしまいました。
「龍神水」という湧水がの処まで行ってみました。”生水のため飲用する際は煮沸してください。”という貼り紙ひとつで飲むことができなくなりました(^^;) キャンプ用具などを持ち歩いている人ならば、この水でコーヒーなんかを飲んでみるのかもしれません、、。
鍾乳洞を見て道路まで戻ってきたのは、午後1時20分頃で約50分の道草となりました。そろそろ昼食にしたいところでしたが、手のひらは石灰で灰色に染まっていました。手を洗いたくてもこの辺りは、谷が深くて水際まで降りられそうな場所がありません。
バスが後方からやってくるまで残り1時間ですが、バス停の間隔は1時間では歩けないようなところもあるので、通過しそうな時刻が近付いたら見通しの良さそうなところでバスを待つことにしました。「仏石山トンネル」より先はトンネルを迂回する遊歩道もありませんでした。
13時50分、「中双里」というバス停で中津川へ向かうバスが来たので、これかが引き返してきたら乗らねばなりません。中年の夫婦がバスを降りて歩き始めました。やはり戻りのバスが来るまで歩くつもりのようでした。
14時5分には「ヤトウロクの渓流」、10分に「市子岩の奇縁」という観光名所看板のあるところを通過です。「大滑トンネル」の手前には除雪車がありました。14時15分に「永世戸山の紅葉」の看板がある大滑バス停です。乗るべきバスは39分の通過予定なので、ここで待とうかと思いましたが高速歩行の中年夫婦につられて、先へと歩いてしまいました。「雷電三高山トンネル」入口には「風景似桃源」と嘘(?!)表示もありました(笑)
中年夫婦は、その次のトンネルに入って行きましたが、手前で待つことにしました。バックの中からウエットティシューがでてきたので、やっとオニギリを食べることができました。
14時40分、走ってきたバスに向かって手を挙げて止まってもらいました。誰も乗車していませんでした。トンネルの先では、中年夫婦が手を挙げてました。遠くから爺さんがあわてて走って来てました。
もし日が陰っていなければ、朝バスに乗車したところで降りるつもりでしたが、もうとっくに日陰となっていました。

2011年11月18日金曜日

天上のピンクと灰色洞


中津川行きのバスは、途中まで国道140号を走ります。「雁坂トンネル有料道路」を通って「甲府74Km」となっていました。自分の住んでいるところよりも甲府の方が近いんだぁ~!!と思いました。「彩甲斐街道」という名前が付けられていました。たぶん「再会」の駄洒落ではないかと思いますが、国道なのでやっぱり国土交通省の役人が命名したのでしょうか?むしろ「玉梨街道」のほうがインパクトあるのでは?(笑)
国道140号から分岐した道は、ガードレールに100m毎に国道140号までの距離が表示されていました。
トンネルは後から造られたのか、、トンネルがあるにもかかわらず蛇行する川に沿って道がありました。そこへは、車が入れないように障害物を置いて「遊歩道」にしてありました。鋪装もされていて、幅も広いのでかつては車道であったと思われます。紅葉がきれいな場所では、この遊歩道の入口までを駐車スペースにして車を駐めて写真を撮っている人がいっぱいいました。と、言うよりは1台が駐めると次々に車がやってきて、ついには路上駐車になりますが、一段落して駐まっている車がいなくなると素通りしてしまう車が多くなります。不思議なものです。
危うく見落としてしまうくらい地味な看板でしたが「荒川源流のむら・大滝 仏石山鍾乳洞入口 600m 30分」と書かれていました。往復と見物で一時間以上かかってしまいますが「次回」なんてものは無いかもしれないので行ってみることにしました。ほぼ垂直になっている鉄階段で始まって、植林された杉林の間の急坂を行くので、途中でやめたくなりました(^^;)
20分くらい歩くと縄文人が住んでいたという洞窟と同じようなものが見えました。たぶん案内看板の「30分」は往復の所要時間だったようです。
よく見ないと「洞窟」と「鍾乳洞」の違いが分からない感じでした。きっと縄文人は、湿気の多い鍾乳洞には住む気がしなかったのでしょう(笑)
三点支持のロッククライミング風に登って奥の方へ入ってみました。真っ暗なので、どこまであるのかは確認しませんでした。「入るな!!」と書いてありませんでしたが、たぶん入る人はめったにいないのかもしれません。途中の道も危ない場所の手摺りなどが古くなって壊れていて、子供や老人は通らないほうがよさそうでした。
写真(上)のモミジは、肉眼ではもっと淡いようなピンクに見えて、まるで花桃が咲いているかのようでした(^^)

2011年11月17日木曜日

日本にいくつあるのか「中津川」?!


今日は震災の影響で桜の咲く時期に行けなかった茨城県「袋田の滝」辺りを予定していましたが、三峯神社へと出かけた時に三峰口駅前で「中津川」行きのバスを待っている人もたくさんいたので、急遽予定変更で行ってみることにしました。中津川渓谷までは、自家用車などでないと行けないと思っていました。
家を出た時はまだ真っ暗で、オリオン座が西に傾き、下弦に近くなった月は空の高いところにありました。
三峯神社へは、バスの時刻に合わせて出発しましたが、今日はバスが出る時刻よりも1時間半前に着ける電車に乗りました。午前8時15分頃に秩父鉄道・三峰口駅に到着です。他に乗客は、釣り竿を持った2人組親爺とリュック親爺1人だけでした。
紅葉がきれいだった「金蔵落としの渓流」まで歩きました。バスが来るまでに30分以上ありますが、、、まだ山際から太陽の光が谷へと届いていませんでした。まだ荒川の水面にまで日光は届きませんが、バスが来る数分前に太陽が昇ってきました。そうそう太陽と言えば……
中津川行きのバスには、「太陽寺入り口」というバス停から乗りました。バスにはすでに8人ほど乗っていました。登山スタイルなのは、外国人かもしれないハイブリッドイケメン兄ちゃん一人だけで、あとは爺さん婆さんでした。
「太陽寺」は、バス停から8キロほど離れた山奥にある鎌倉時代末期に開山された禅寺だそうです。江戸時代には、三峯神社など山岳寺社のほとんどが女人禁制の中、女性が参拝できる数少ない寺社の一つとして「東国の女人高野山」と言われて多くの参拝者で賑わったとのことです。「宿坊」としては、人気の寺みたいです。一度行ってみたいと思いましたが、、、HPを見てみたら”12月~3月は、臘八大接心(禅宗冬の大修行)のため境内には入れません。”と書いてありました。
バスは、ダムの手前で大きなループ状の橋を渡ったり数多くのトンネルを抜けて約1時間ほどで、終点の「中津川」へと到着しました。他に終点まで乗車していたのは、老夫婦1組だけでした。その老夫婦もなんだか思っていたのと違う場所に来てしまったという感じなのか、ひとつ手前のバス停まで戻って、またバスに乗ってしまいました。
子供向けの学習・宿泊施設などがありましたが、イラスト地図を見てもどこを歩いたらよいのか分からないので、バスが通ってきた道を歩いて戻ることにしました、、。

(写真は、秩父鉄道・武州荒木駅付近で車窓から撮影した日の出と大血川橋から見た荒川です。)

2011年11月16日水曜日

あさくさかんのんせんそうじのにわ


よく晴れました\(^^)/「秋空」ではなくもう「冬空」でしょうか?
浜離宮庭園から水上バスに浅草・吾妻橋まで乗船しました。地震の前までは、浜離宮から乗る客の殆どは団体ツアーではない外国人でした。放射能で外国人が消えてからは、団体向けに格安販売でもしているのか、今は日本の老人ツアーか修学旅行などの学生で賑わっています。
なんとなく予感がして、浅草寺へと寄ってみると庭園が公開されていました。春は、3月25日から4月28日まで「金龍山浅草寺平成本堂大営繕記念 大絵馬寺宝展と庭園拝観」でした。本堂の屋根瓦をチタン製にすることによって屋根の重量が5~6分の1になったそうです。今回は、11月1日から12月5日まで「金龍山浅草寺 東日本大震災復興支援 大絵馬寺宝展と庭園拝観」とされてました。午前10時から午後4時(4時30分閉館)まで、入場料300円です。
展示されている絵馬は、前回にも見たような見ていないようなで、つまりなにも憶えていないってことです(^^;)
まだ都内は、モミジの紅葉ははじまっていません。庭園は、徳川2代目秀忠の時代に小堀遠州によって造られたとされています。左甚五郎と小堀遠州は、それぞれ10人くらい存在したのではないでしょうか?(笑)
さすが小堀遠州だけあって、400年ほど未来に東京スカイツリーというへんてこりんな塔ができるのを予見して、五重塔とのバランス・配置を考えた庭になっていました。
ところで浅草寺の縁起ですが、、、西暦628年3月18日朝、浜成・竹成兄弟が隅田川(東京湾の入江?)で漁をしている時に観音像を拾い、郷司が自宅を寺としたことに始まります。この3人が”三社祭”の「三社」です。その本尊は、「聖観世音菩薩(645年から本尊の夢告により永代秘仏)」となっています。

2011年11月15日火曜日

プレ神話的洞窟と紅葉した荒川渓谷


三峰口駅前からバスで三峯神社へと向かう途中には、紅葉の絶景そうなところや谷の向こうには縄文人が住んでいたという洞窟などが見えて、途中下車して寄ってみたいような場所がいくつかありましたが、一日に3往復しか走っていないバスでの途中下車は無謀ってことになってしまいます。バスの中から撮った写真は、窓ガラスが汚れていたので、朝日に輝く「汚れ」を撮影したみたいなものになってしまいました。
表参道を降りてくる途中に滝があって、ずいぶん昔に建てられたような説明看板には、サンショウウオがいると書かれてました。「清浄の滝」は、落差10メートルほどの小さな滝ですが、清涼な感じが漂ってました。
「国立公園奥秩父三峰山表参道これより約2時間」という看板のあるところまで下ってくるのに途中で10数分くらい食事休憩しましたが、ちょうど2時間かかりました。落差は、20メートルくらいありそうな「竜門の滝」がありました。滝の水は、エメラルドグリーン色の荒川へと流れ込んでいます。渓谷と紅葉がとてもきれいでした。
なんとバスの車窓から見えた縄文人洞窟がすぐ近くにありました。「神庭洞窟遺跡」という名前でした。12000年前の石器、土器、人骨やいろいろな動物の骨が発見されたそうです。少し離れたところには、「神庭鍾乳洞」があって、ちょっとだけ入れるようになっていましたが、全然鍾乳洞らしくありませんでした。
「大輪」というバス停に到着したのは、午後3時ちょうどでした。次にやってくる最終のバスは、午後4時20分通過予定です。三峰口駅までの所要時間は、たったの「10分」になっていました。三峰口駅前から三峯神社までバスは20キロ以上、約50分も走るのでとても歩ける距離ではないと思っていましたが、、、なんだか誑されたような気分です。推理小説のトリックにでもなりそう(^^;)
1時間20分も待っていられないので、歩くことにしました。もしかするとバスより先に駅に着けるかもしれないと思いましたが、次々と「絶景!!」があらわれ、、あちこちで立ち止まって写真を撮ったので、残り約1キロくらいのところでバスに抜かれました。それと同時くらいのタイミングで、婆さんが散歩させていた犬が急に近付いてきて右足の膝の後ろあたりを噛みました(T_T) 噛まれたのは、ジーンズの生地が大半でたいして痛くはありませんでした。何が犬を刺激したのか、なんだったのでしょう???
陽が陰ってしまっていたのが残念ですが「金蔵落としの渓流」と呼ばれている荒川上流V字谷を見下ろす紅葉観賞スポットも通りました(^^)

2011年11月14日月曜日

三峯の神話的御由緒


昨日寄った古峯神社の御祭神は日本武尊ですが、今日はその日本武尊が1900年余の昔に伊弉諾尊(いざなぎのみこと)と伊弉册尊(いざなみのみこと)の二柱を祀ったという奥秩父にある「三峯神社」へ行くことにしました。前回は、2007年の同じ11月14日に出かけていますので、ちょうど4年ぶりになります。
家を出たのが午前6時でした。羽生駅で東武鉄道から秩父鉄道へと乗り換えて全線約72キロ、2時間ちょっとかかって三峰口駅へと着きました。通常は、片道1020円の電車賃になりますが、今日だけは「埼玉県民の日フリーキップ」が1000円で買えます。三峰口駅前からバスで約20キロ余、50分ほどかかって午前10時半頃にやっと三峯神社のバス停に到着しました。バス代は、650円でした。バスは平日が3往復、土日祝日が5往復しているだけです。
前回来た時には存在に気付きませんでしたが、日本武尊の銅像がありました(写真・上)。
”三峯”とは、雲取、白岩、妙法の三山を言うそうです。雲取山まで10キロほどのハイキングコースになっているようでしたが、そんなに歩いたら帰りのバスに間に合わないので、道路などなかった時には「表参道」であったらしい山道(3.7キロ)を行ってみることにしました。下りなので、1時間ちょっとかと思ったら、、、とてもながぁ~い道程でした。

2011年11月13日日曜日

修験行者のエロ雑誌



今朝、埼玉・栃木・群馬と何処もNORM・ノーム・濃霧でした。東武鉄道・赤城駅から徒歩でわたらせ渓谷鐵道・大間々駅へと移動しました。高津戸峡をはねたき橋の上から眺めてみましたが、まだほとんど紅葉していませんでした。
大間々駅8:24発に乗りました。1車輌ぽっきり走行で、通勤時の山の手線か?!というくらいに混んでました。健康なんとかと書いてある幟旗を持った団体が乗っていたせいでした。
5242メートルあるという草木トンネルを抜けると木々はすっかり紅葉していました。足尾駅に午前9時半に到着です。
「古河掛水倶楽部」は、10時からなので待たずに歩き始めることにしました。12キロほどの距離がある「修験行者のみち」で「古峯神社」へと向かいます。古峯神社からわたらせ渓谷鐵道・通洞駅までは、これまでに3、4回歩いたことがありますが、足尾側から歩くのは初めてになります。
足尾駅は、標高640mあります。標高1144mの古峰ヶ原高原まで登って、標高680mの古峯神社までなので、たった40mしか違いませんが、古峯神社のほうから歩く方が楽なのかもしれません。
やはり今年の大雨によるものなのか、どれほどの水が流れれば道がこんなにえぐり取られるのかという感じに土砂が流出してました。「車両通行止め」の看板より奥まで入っている車もありましたが、たぶん途中で引き返したでしょう。オフロードバイクならばなんとか通れるようでした。
途中にモミジの紅葉がとってもきれいな谷がありました(^^)
「深山巴の宿」に寄りました。日光を開山した勝道上人が修行をした場所だそうです。つまり「日光開山発祥地」です。以降、明治の初めまで一千余年も修験道が行われました。現在は、古峯神社の「禊所」としているとのことです。
午後2時15分頃に古峯神社へ着きました。バスは、14:35発の次が15:45なので、神社の池に浮いたり沈んだりしている紅葉の落ち葉だけ写真に撮って帰ることにしました。





(写真は、山中に大量に捨てられていた雑誌)



プレ日光プレミアムロードを行く!!


今朝、埼玉・栃木・群馬と何処もNORM・ノーム・濃霧でした。東武鉄道・赤城駅から徒歩でわたらせ渓谷鐵道・大間々駅へと移動しました。高津戸峡をはねたき橋の上から眺めてみましたが、まだほとんど紅葉していませんでした。
大間々駅8:24発に乗りました。1車輌ぽっきり走行で、通勤時の山の手線か?!というくらいに混んでました。健康なんとかと書いてある幟旗を持った団体が乗っていたせいでした。
5242メートルあるという草木トンネルを抜けると木々はすっかり紅葉していました。足尾駅に午前9時半に到着です。
「古河掛水倶楽部」は、10時からなので待たずに歩き始めることにしました。12キロほどの距離がある「修験行者のみち」で「古峯神社」へと向かいます。古峯神社からわたらせ渓谷鐵道・通洞駅までは、これまでに3、4回歩いたことがありますが、足尾側から歩くのは初めてになります。
足尾駅は、標高640mあります。標高1144mの古峰ヶ原高原まで登って、標高680mの古峯神社までなので、たった40mしか違いませんが、古峯神社のほうから歩く方が楽なのかもしれません。
やはり今年の大雨によるものなのか、どれほどの水が流れれば道がこんなにえぐり取られるのかという感じに土砂が流出してました。「車両通行止め」の看板より奥まで入っている車もありましたが、たぶん途中で引き返したでしょう。オフロードバイクならばなんとか通れるようでした。
途中にモミジの紅葉がとってもきれいな谷がありました(^^)
「深山巴の宿」に寄りました。日光を開山した勝道上人が修行をした場所だそうです。つまり「日光開山発祥地」です。以降、明治の初めまで一千余年も修験道が行われました。現在は、古峯神社の「禊所」としているとのことです。
午後2時15分頃に古峯神社へ着きました。バスは、14:35発の次が15:45なので、神社の池に浮いたり沈んだりしている紅葉の落ち葉だけ写真に撮って帰ることにしました。

(写真は、マムシグサの実と山中に放置されているキャンピングカー)

2011年11月12日土曜日

栃木うたまろ花魁道中


今日から栃木県栃木市にある「とちぎ蔵の街美術館」で、栃木市が所有する喜多川歌麿による肉筆画三点が公開されました。”「歌麿と栃木」展”は、11月27日まで、入館料は500円です。
「おいらん道中参る!」と題した関連イベントが午後2時から行われるというので、見に行くことにしました。
東武浅草駅を午前11時50分発の電車に乗って、栃木駅に到着したのは、午後1時20分でした。昨日は、雨で寒い日でしたが、晴れてけっこう暖かくなりました。
出演者とスタッフは、花魁1名、禿髪2名、芸者1名、新造さん1名、やりて婆1名、男衆10名(実際の人数とは異なっていたようです)を一般公募したようです。衣装や着付けは都内の専門店が請け負ったようでした。
予想していたより見物客がいっぱいでした。たぶんここが最前列になろうという位置で待っているとカメラ爺達が次々と前に立ちふさがってしまいました(^^;)
予定より少し遅れて、人力車に乗って花魁が現れました。花魁役の子は、二十歳くらい(?)良家のお嬢さん風でした。強いて言えば、大谷直子似(古っ!!)ですかね?(笑)
衣装は、30キロくらいあるそうです。高下駄で少し歩いただけで、汗がしたたり落ちていました。花魁道中は重労働!!
このイベントは、美術館が企画したにもかかわらず美術館への入場者数の増加には結びつかなかった感じがしました。でも観光関連の人達は、大いなる手応えを得たのではないかと思えました。

2011年11月11日金曜日

787みっけ!!


もしかしてかつて東京を焦土とした「B-29」より758番後の開発機種になるのかもしれないボーイング社の787「ドリームライナー」ですが、、、肉眼では分かりませんでしたが、昨日お台場番外地から撮った写真の中に駐機している姿が写っていました(^^)v
炭素繊維を機体に使うことによって、従来のアルミニウムに比べて軽量で耐久性も高く、燃費は20%以上向上したとのことです。機内の気密性が高くなって、「乗客が感じる高度6000フィートの感覚は、従来機より2000フィート低くなった」とどこかに書いてありました。

未来のクルマと冬の花火


昨夜は、天気予報がはずれて(?)雨にならずになんとなく得した気分でした。先月くらいからレインボーブリッジのライトアップが復活したのでお台場の「メモリアルツリー」と一緒に写真でも撮ってみようと行ってみたら、、、まだてっぺんの星以外は点灯していませんでした。明日11月12日(土)に「点灯式」や「第16回台場メモリアルツリースペシャルライブ」があるようです。昨年までの歴代ツリーのデザインは、”こちら”です。
先日、見に行った「マダムタッソー東京」は、いつのまにか入場料が500円→800円へと値上げされてしまったようです。10月下旬からAKB48の大島優子の等身大フィギュアが追加されたからでしょうか???
午後6時くらいだとあまり入場者もいないようで閑古鳥が鳴いていそうです。なのでテレビの番組収録もその時間帯に行ったのかどうか分かりませんが、昨日は蝋人形よりも蝋人形らしい旧スカルノ夫人かと思える白塗り顔マダムが「まぁ本物みたい~!!」とカメラに向かって言いながら中へと入って行きました。
「東京モーターショー」って、24年も東京で開催されていなかったのですね、、東京ディズニーランドが東京にないのと一緒でしょうか?
「東京モーターショー2011」は、12月3日から11日まで東京ビッグサイトで開催されるので、この開催に伴って”お台場レインボー花火”が12月中の毎土曜日19:00より約10分間、お台場海浜公園”自由の女神像”沖より打ち上げられるとのことです。
なおレインボーブリッジの歩道は、11月から3月までは夕方17時半までしか入場できません。

2011年11月10日木曜日

もみじ踏み分け神鹿無いずど


古峯神社のある場所は、日光市よりも20~30キロ南になるので、紅葉めぐりをする順番は、どうしても日光のあとになってしまうのですが、標高は日光よりも100メートル以上高いので、さてさてどちらが先に紅葉するのでしょう???
初めて古峯神社へ行ってみたのは、2008年だったと思います。その頃は、古峯園内で鹿が一、二頭放し飼いになっていました。柵の中にまだ何頭も飼われていました。その場所へ行ってみたら鹿の姿はなくて廃墟のようになってました。この年も日光へは四日早くでかけてました。
正午近くになると信じられないくらい人が増えてきました。団体のツアーバッジを付けている人もいました。今まで、もっと見頃な時に来てもこんなに来園者はなくいつも閑散としていました。
空は曇ってしまいました。外へでてみると駐車場は車がいっぱいで千葉や茨城ナンバーの大型観光バスが何台も駐まってました。
来る途中バスの窓から、、四キロほど手前にあるお寺のイチョウがきれいな黄色に見えていたので、そこまで歩くことにしました。
歩き始めたらすぐに後方から大声がして「これはすごく寒いぞ~!!」と自転車を走らせながら叫んでました。サイクリングスーツには、秋冬用ってないのでしょうか???
一時間ほどで到着です。「古峯原金剛山瑞峯寺」という名前のお寺なのですが、入口に鳥居があって石段を登ってゆくと狛犬もあります。「金剛山」は、神仏の「混合」ってことでしょうか?(笑) そして、ありとあらゆる銅像、石像などが寄進されてます。
さらに45分ほど歩いたバス停から帰りのバスに乗ったので、駅の直前のバス停までバス料金は300円と表示されていましたが、1バス停のところで400円になってしまいました。1時間45分も歩いたのに、、(^^;)
とっても気になってしまうのは、バス料金の電光表示のところに貼り紙がしてあって「新500円玉も両替できます」と書いてあることです。一体この貼り紙は、何年前から???
道路脇には、「熊注意」の看板がいくつもありました。シカが前肢を上げているシルエット絵柄の道路標識もありました。どう「注意」するのでしょうね、、。

2011年11月9日水曜日

天狗の間へ



自然のままの紅葉観賞は、日光・裏見の滝周辺まで、、と言っても実際にはだいぶ人手が加わっているのかもしれません。そのあとの日光植物園と輪王寺・逍遙園からは、人為の成せるところを自然美とするみたいなものでしょう、、。今日はもう一度、日光の二社一寺あたりを歩くつもりでいましたが、気温も下がり紅葉の一番きれいな時期を見逃してしまうかもしれないので、予定を繰り上げて「古峯神社」の「古峯園」へ行くことにしました。
夕日岳へ行った時と同じ時刻のバスに乗りました。バスで長距離通学の小学生も前回と同じ11名でした。小学生以外は、5人乗客がいましたが終点の古峰原神社バス停まで乗っていたのは、香水付け過ぎ(?!)初老のおばちゃん一人だけでした。神社前の土産物屋で働いている人みたいでした。道路標識をよく見ていたら、駅からは28キロくらいあるようでした。この距離で400円のバス代は、やっぱり安いような感じがします。
境内もだいぶ紅葉していました。既に写真撮りの人が何人かいました。今使っているコンパクトカメラは、24ミリ相当の広角ですけど、モミジの木の下から見上げたときなどもっと広角にしたいくらいです。一眼レフカメラを持っている人達は、ほとんど200ミリを超えていそうな望遠レンズを付けているので、どんな風に撮れているのか皆目謎です(^^;)
「古峯園」は、敷地約25000坪という回遊式日本庭園です。入園料、300円です。午前9時の開園です。それまでは、神社の方の紅葉を撮ったり、江戸時代に製作された巨大な天狗の面を見たりしてました。
園内は、いい感じに紅葉していましたが、すでに全部の葉が落ちてしまった木もあるので三、四日前に来たかったところでした。