2009年11月30日月曜日

日溜まりを求めて

年に二、三度あるのですが、、、目覚まし時計を止めて起きずにまた眠ってしまって、今朝は1時間ちょっと寝過ごしてしまいました。そのままダッシュで飛び出せば、出社時刻に間に合わないこともなかったのですが、相当に忙しい思いをしなければならないので、お休みしてしまうことにしました(^^;)
曇っていて寒い朝でした。どこかへ遊びに出かける気分でもなく、だらだらとしているうちに午後になってしまいました。すこしは日が差してきそうな気配だったので、自転車で郊外型大型店舗の古本屋へと行きましたが、特に欲しい本はなくて、百円均一本から6冊買いました。今日は、お仕事帰りに六義園の紅葉ライトアップを見に行こうと思っていましたが、機会を逃してしまったようです。写真は、水仙の花だと思うのですが、鎌倉の円覚寺に咲いていました。季節を半年間違えて咲いてしまったのでしょうか???
今年は暖冬だという予測のようですが、関東地方は暖冬の時ほど雪が降りやすくなるので、交通が乱れるなど、むしろ寒い思いをしてしまうのは、暖冬のほうなのかもしれません。でも今年は、まだほとんど木枯らしのような冷たい風が吹き荒れないだけ助かっているような感じがしています。
あしたからもう師走ですね、、。

2009年11月29日日曜日

人の縁とは不思議なもので、あれから何年縁切寺

円覚寺前の踏切を渡って、人が流れて行くままに歩くとすぐ東慶寺に着きました。ここは、中高校生の頃に二、三度訪れていることは確かなのですが、記憶とやや一致するのは、細長い敷地であったというくらいで、まるっきり初めて見るような感じがしてしまいました。
「駆け込み寺」あるいは「縁切り寺」と言うほうが知名度がありそうです。今は、尼寺ではないようです。臨済宗円覚寺派とのことなので、円覚寺の別院みたいなものでしょうか。
本殿に入るところのモミジが、色様々で見事な紅葉でした。意外だったのは、墓地の方へも自由に歩いてゆけることでした。そんな奥まで入れたという記憶がありません。
岩波茂雄、小林秀雄、神西清、鈴木大拙、高見順、西田幾多郎、野上弥生子、和辻哲郎などなど著名人の墓が多数あるようですが、どこにあるのか特に案内掲示はされていませんでした。
この東慶寺が舞台ではないのですが、なんとなく三島由紀夫の『天人五衰』の結末シーンを思い浮かべてしまいます。
亀ヶ谷坂の切り通しを通って鎌倉駅から帰ることにしました。駅に近いところまできたところにあった「游古洞」という古書店と骨董屋・雑貨屋が複合したようなお店があって、なかなか良い本を置いてあるわりに値段は高くなさそうでした。何も買いませんでしたが、また機会があれば寄りたいお店です。

昨日の天気予報では、今日は曇り空から雨になり、年末くらいの寒い日だと言っていたので、出かけるのを見合わせていたら、快晴の暖かい日となってます。これから出かけるには、ちょっと遅すぎるし、、、なんだか損をしたような気分です。

2009年11月28日土曜日

いざ鎌倉!!

先月、鎌倉文学館や大仏を見て廻ったときに、、、円覚寺って、行ったことがあっただろうか?と思いました。どうにもそのあたりの記憶が曖昧です。色が塗られていないシンプルな山門は、写真とかテレビで見ただけなのか、実際に自分で見た光景なのかが不明瞭なのでした、、。
北鎌倉駅に到着したのが、午前10時半、あまり下りる人もいないだろうと思っていたのに、実際には残った乗客の方が少ないくらいに下車して、あまり幅のない駅のホームは、電車15輛分の人の列でした。そのほとんどが、円覚寺の石段をのぼってゆきます。
はらはらと落ち葉が散る静かな境内を想像していましたが、現実は人がいっぱいでした。予想外だったのは、気温の方もで、とても暖かい行楽日和そのものの日でした。長い石段をのぼると汗ばんできます。
境内は、とても広くて、、、どこも見たことがあるような気もすれば、やはり初めてのような感じもするみたいで、まるで記憶喪失者にでもなった風でした。
梅の花が咲く時期もよさそうなところに思えました。2時間半近く、うろうろと歩き回りました。
予定外の紅葉見物となったので、予定していたところのどこかが行けないか間に合わなくなりそうですが、円覚寺に来て良かった!!という感じでした(^^)v

2009年11月27日金曜日

冬が来る前に……

屋根があるのがベランダで、屋根がないのがバルコニーと言うのは正確かどうか分かりませんが、、、一週間ほど前に室外に出していた観葉植物を部屋の中へと入れました。外には、ホテイアオイなどの水草がまだ取り残されています。外でもぎりぎり冬を越してしまうこともありますが、たぶん0度になるかならないか、水が凍るかどうかが生死の分かれ目となりそうです。
ジャカランダは、アルゼンチン原産の大きくなる木ですが、鉢植えのままなので、ここ何年かほとんど大きさが変わりません。室内に入れたとたんに光量が足りないのか、ほとんど葉が枯れてしまいました。大木になると紫色の花も咲くのだそうです。
百均で買った手のひらに乗るサイズだったパキラも人の背丈くらいになって、もうそろそろ室内外の移動が困難になりつつあります。
「幸福の木」とか「金のなる木」みたいな名前で売られている植物は、いつも縁がないのか枯れてしまいます(^^;)

2009年11月26日木曜日

桃栗三年柿八年、銀杏生るのは孫の代

昨夜は真夜中に雨雲が通過していったのか、地面がだいぶ濡れていました。朝霧がでるほどではありませんでしたが、わりと暖かい朝でした。
昨日、行った越谷市内は、あっちもこっちもイチョウの街路樹が長く続いていて、この時期は落ち葉を片付けるだけでも大変そうに見えました。越谷高校のある前あたりでは、イチョウだけでなく並行してケヤキか何かが植えられているので、両方の落ち葉で歩道が埋まっていました。
花田苑から久伊豆神社まで戻ってきた頃には、もうすっかり暗くなってきてしまいました。鎮守の森は、、、ヒチコックの映画ほどではないですが、ものすごい数のカラスがかぁかぁ集結していました。越谷市の市の鳥、埼玉県の県鳥である「シラコバト」のほうは、天然記念物になっているくらいなので、あまり数がいないのか、いても普通の鳩と区別がつかないのか、見た!!ということがまだありません。
久伊豆神社は、「ひさいず」ではなく、あえて「くいず」と読んで、テレビのクイズ番組に出演するときなどお参りに行く人がいるようなことを聞いたことがあります。東松山市にある箭弓稲荷神社に野球関係者が参拝するのも「やきゅう」という音のつながりからのようです。日本の神様は分業なので、ひとつくらいお仕事が増えても大丈夫そうですけど、ギリシャではギリシャ神話の神々とキリスト教とは、具合良く整合しているものなのかと、他の国のことながら不思議に思えたりしてきます。
平田篤胤の「仮寓跡」というのが、久伊豆神社の池の畔にあります。現在では、小さな家も建てられないような所にその看板があるので、ど~も落ち着きがよくありません。
写真のイチョウの木は、越谷・香取神社のご神木です。
花田苑で撮った写真をデジブックのスライドショーにしてみました、、、       http://www.digibook.net/q/qAHoxgIB7zIuXPyK/

2009年11月25日水曜日

草加越ヶ谷千住の先よ東武電車でひと走り♪

昨夕から今朝まで雨が降っていましたが、正午前にはすっかり雲がなくなって穏やかに快晴の空となりました。
午前中にあれこれと雑用を片付けて、午後から出かけることにしました。あまり遠くまでは行けないので、埼玉県越谷市にある日本庭園で「花田苑」というところへ行ってみることにしました。
東武伊勢崎線・北越谷駅から久伊豆神社の前を通って歩いたら50分ほどかかってしまい、到着したのは、午後3時10分でした。閉園が今の時期は午後4時で、入場は一時間前までということになってますが、入れました。入園料は、100円です。
都営の日本庭園はどれも新しく造ったわけではなく大名庭園や財閥などが所有していたところを改造整備したのでしょうが、、、ここの施工は「昭和63年度~平成2年度」となっていますので、時期的にバブリングハコモノのような気がします。たぶん田畑か荒れ地だったところを造成したのでしょう。相当に凄いお金が使われているような感じがしますが、なんかいまひとつ風情というものがありません。木っ端役人仕事としては、上出来な方かもしれませんが、、、足りないのは、巨樹老木を含めて時間の重みみたいなものですかね???
隣接する「こしがや能楽堂」は休館日で門が閉ざされていました。そちらの敷地内にある紅葉の方がきれいに見えるのは、隣の家の芝と同じ心理でしょうか?(笑)
閉園5分前、最後の退出客となりました。45分間で園内を2周くらいしました。もうこの時期は、日没が早すぎます、、。

2009年11月24日火曜日

板東に嵯峨の大井の面かけて

今年の紅葉見物地リストからは除外していた武蔵嵐山へと行ってみました。けっこう交通費がかかってしまうのに何度行ってもオオムラサキには出会えず、紅葉も特に良いという印象ではなかった武蔵嵐山なのですが、これまでに足を踏み入れてないところに紅葉の名所があったのでした(^^;)
シェル石油系のガソリンスタンドが、「入れてみて初めてわかる貝の良さ」と店に書いているのを見たことがあります。奥まで入っての景勝地でした。そんなわけで、紅葉見物第七弾!!は、嵐山渓谷周辺となりました。
「武蔵嵐山」という地名は、日本中の公園の設計などに携わった本多静六が昭和3年に埼玉県比企郡菅谷村にある渓谷を訪れた際、景色が京都の嵐山に似ていることから命名されたということになっていますが、実際に誰にどのように言ったのか、呟いたのか、何かに書いたのか明確にしている資料はみつかりませんでした。嵐山町に本多の銅像が建っているということもなさそうです。
与謝野晶子の歌碑がありました。「槻の川赤柄の傘をさす松の立ち並びたる山のしののめ」が彫られてます。昭和14年に訪れて、29首詠んだそうです。
標高178.9メートルだという大平山が嵐山町の最高地点だそうです。「山の神からは、嵐山町の市街地をはじめ180度の風景が一望できます」と案内看板に書かれていましたが、、、その看板を立ててから何十年も経ったのか、高木が生い茂った場所となっていて、ほとんど景色は見えませんでした。
今日は残念ながらの曇り空で、夕方からぽつりぽつりと雨も降ってきました。晴れていれば、もっと鮮やかな紅葉と渓谷美だったかもしれません。

2009年11月23日月曜日

ヒーローは、みんなここで戦った

岩船山へと登る前に「日本一小さい岩舟石の資料館」に入って見ることにしました。最初に通りかかったときには、その小ささが不気味で、ドアを開けたとたん、待ってましたとばかりに水晶玉とかパワーストーンだという駄石を売りつけようとでもするのではないかという妄想をしながら、通り過ぎてしまいました。でも実は、レトロな感じがする石造りの建物の方が展示物よりも気になっていました。
建物の中には、誰もいませんでした。小さいながらも2階建です。岩船山からの採石は江戸時代に始まり、昭和30年頃の最盛期には、36の採石業者があったそうです。たぶん山の形も昔と今とではだいぶ違うのでしょう。需要の減少で現在も採石しているのは、1社だけとのことです。明治時代には、鉄道を敷いて人力のトロッコで移送していたこともあったようです。
岩船山は、標高172メートルしかありません。採石場跡は、映画やテレビのロケ地として、今も頻繁に使われているようです。セーラームーンも仮面ライダーもなんとか戦隊も、、みんなこの地で戦ったのです。
石段をひたすらのぼってゆくと775年に創建されたという高勝寺があります。岩舟町教育委員会によるこの寺に関しての説明看板は、教育者が書いたとは思えないくらいにめちゃくちゃな文章でした。読めば読むほど頭が痛くなりそうです(笑)
見晴台の柵の向こうに三角点の標識がありました。その50センチ先は、標高差100メートル以上もありそうな断崖絶壁でした。かなり遠くまで関東平野が見渡せます。
霊山として、古くからかなりの信仰を集めた山が、一方では変形し崩落するほどに切り刻まれてゆくという、、、そこに人々の対立、戦いのようなものがあったのかなかったのかは、教育委員会の難文には書かれていませんでした。
大平町出身の徳川第四代将軍家綱の生母・お楽の方などとの関連もありそうなところでした。三重塔などあれやこれやゆっくりと見て廻ったつもりでしたが、意外と時間のほうもゆったり過ぎてくれたようで、午後3時過ぎの電車で帰ることにしました。

2009年11月22日日曜日

六道輪廻七不思議八起き

昨日、謙信平での紅葉見物の後は、大中寺に寄りました。『雨月物語』のなかの「青頭巾」に登場する禅師が創建したという寺です。作者の上田秋成は、大阪の人なので、まぁ現地には来ていないのではないかと考えられます。
「大中寺の七不思議」という、どこが不思議なのか理解に苦しむような不思議なお話が七つもあり、それぞれの場所に看板が建てられています。
境内に1本だけ捻れたように太い幹のモミジの木があります。遠くから見るとてっぺんのあたりだけ少し紅葉していましたが、木の下から見上げると全部青い葉のままでした。
次に大平町歴史民俗資料館・大平町郷土資料館(白石家戸長屋敷)へ行きました。入館料は、200円ですが、蔵の中にある喫茶店でお茶かコーヒーを一杯無料で飲むことができます。
まだ誰も訪れてなかったようで、係の人がいそいで館内の照明を点けてまわってました。民俗資料館には、出土した木棺や人骨などが展示されています。ここは2年くらい前に来ているのですが、その時はウォーキングイベントの開催日で、大勢の人がうろうろしていて、なんだかよく見ることができませんでした。今日は貸し切り状態ですので、ゆっくりと白石家の屋敷を見て回れました。
ここからは散策路とかではなく県道沿いに岩舟方面へと向かって歩きました。午前5時頃に朝食のトーストを1枚食べただけで、コンビニに寄って昼食を買うことなく来てしまいましたが、飲食店はどこにもありません。JR両毛線・岩舟駅前に着いたのは、午後2時ちょっと前くらいになってました。お腹が空いたのにパンを売っているようなお店もないので、駅前の自販機でアイスを3つも食べてしまいました。
採石したので絶壁ができあがったのか、元々岩だらけの山だったのかは分かりませんが、岩船山は登ってゆけるだけでなく大きなお寺もあるようなので行ってみることにしました。

2009年11月21日土曜日

謙信感震感心ああ松島や松島や

まるで紅葉見物マラソンの様相ですが、、、はや後半の第六弾!!となりまして、栃木県の大平山へと行ってきました。午前6時半過ぎに東武日光線・新大平下駅からの出発です。
「大平山もみじまつり」は今日から12月6日までで、午後5時~7時の間ライトアップされるそうです。でも今朝はまだ照明の機材は準備されていませんでした。
大平山は、標高345メートルで、山頂に近いところにある大平山神社までは、石段のみで登ることも出来ます。モミジの紅葉がきれいなのは、みやげ物屋が軒を連ねる「謙信平」というところになります。戦国時代、越後の上杉謙信と小田原の北条氏康は、永禄11年(1568)に大中寺で和議を結び、その後、謙信は大平山に登り関東平野を見渡して、あまりの広さに目を見張ったという故事から「謙信平」の地名が生まれたと掲示されてます。明治の国学者・岡吉胤は、謙信平からの眺めを「陸の松島」と讃えたそうです。よく晴れた日には富士山が見えます。
今日もよく晴れていましたが、気温が上がったせいか水蒸気がたちのぼって、富士山が見えるほどの透明度はありませんでした。
紅葉のほうは、一番大きなモミジの木など、まだ半分くらいの木々が青々とした葉のままです。その次くらいに大きなモミジの木は、鮮やかに紅葉しているのに、ひとつ枯れ枝ができてしまって見栄え的に残念だなぁと思っていたら、、、後からやってきた三脚持参の三人組カメラ親爺たちが、どこかの店から棒のようなものを借りてきて、枯れ枝をたたき落としてしまいました。
大平山神社からいつもは、晃石山~馬不入山へと尾根歩きしたりしていますが、今日は資料館などに寄ろうと思っているので、登ってきた道を引き返すことにしました。

2009年11月20日金曜日

のびのびゆっくり火を放て!!

紅葉見物第五弾!!、これで予定している所のおよそ半分となりました。今日は埼玉県新座市野火止にある平林寺へ行ってみました。
「野火止」という地名が、なんかよい感じです。高校生の時、現代国語の先生は教科書の内容よりも無駄話ばかりしてまして、よく目を輝かせながら野に火を放つお話をしていたことが思い出されます、、、。
お寺の前にバス停がありますが、JR武蔵野線・新座駅から歩くことにしました。徒歩30分ほどです。こんなところに拝観料(300円)を取れるお寺があったとは意外でした。
平林寺は、永和元年(1375)に岩槻(現・さいたま市)に創建され、寛文三年(1663)に現在地に移転したそうです。臨済宗妙心寺派の別格本山で、禅の修行寺です。敷地は43万平方メートルあります。
東北自動車道の蓮田サービスエリアの近く、寺などなさそうなところに「平林寺橋」という交差点があります。それがなんとなく不思議だったのですが、ジグソーパズルの断片がひとつ収まったという感じがしました。
平林寺へと到着したのは、午前11時くらいでした。もうすごくいっぱい人が来ていて、半数くらいの人は大型三脚持参で、大紅葉撮影大会みたいな雰囲気となってました。どこへカメラを向けても、撮影中の爺婆ばかりです(^^;)
門前には、みやげ物屋や飲食店が軒を連ねているということもなく、もしかすると紅葉の時期でないときは、とっても静かな場所なのかもしれません。三千坪あるという大河内松平家の墓所も凄いものがあります。ひとつの寺に一大名の墓がこんなに残っているのは、全国的にも珍しいそうです。玉川上水から三割の水を引き込むなど、徳川幕府の手厚い保護によるところが大きいようです。
林泉庭という千坪ほどの回遊式日本庭園があるようなのですが、非公開なのが残念です。

2009年11月19日木曜日

「う」は雨中のうわの空

昨夜は晴れていましたが、外気はとても冷たくて、ちょっとだけ流星がみえるかどうか空を見上げてみようかと思っていながら、すぐに忘れて気がつけばお風呂に入っておりました。
彗星などが撒き散らした塵埃がまとまってある中を地球が通ると流星雨となるようなのですが、その塵や埃の大きさはどのくらいなのでしょう? 地球周回軌道にいるスペースシャトル等から花咲爺さんのように地球に向けて砂でも撒いたら綺麗な大流星雨となってみえるのでしょうか??? その中に様々な金属粉などを混ぜて、分量やまき散らし角度などを調節すれば花火のように夜空に煌めくのでは???
宇宙飛行士とか、宇宙ステーションなどと言いますが、、、もし宇宙人と領空についてもめたら「ここは地球だ!!」と地球人は主張するに決まっているくらいな場所は、やっぱりまだ地球という領域内であって「宇宙」ではないような気がします。屁理屈ってやつでしょうか(^^;)
ともかく「時」というものに阻まれて、不死の生き物にならない限り地球人は、太陽系以外のところまで行けそうにはありません。時は金なり、されど時空に金はつぎ込めずというところかもしれません。
年号がかわって4時間くらい経過した頃に、ほんのちょびっと欠けの部分月食が見られるそうです。月食は、地球からの見かけ上、太陽と反対方向にある満月の時でないとおこりませんから、、、その月が沈むと太陽が昇ってくる初日の出ですね(^^)v

2009年11月18日水曜日

郵便配達は二度とベルを鳴らさない

先日、郵便局までハガキを買いに行きました。窓口で「ハガキを10枚下さい」と言ったところ、、、「年賀状ではなく官製ハガキでよろしいですか?」と聞き返されました。まぁよろしいわけですけど、今でもまだ「官製ハガキ」と言うの?という疑問が沸々と沸いてくるのでありました。窓口のオバちゃんと議論しても無駄なので、そのままにしておきました。領収書には「通常郵便葉書(スズメ)」と書かれていました。
「カンセイハガキ」と音だけ聞いた小学生ならば、どんなハガキを想像することでしょう、、、「歓声はがき」とか「完成はがき」かもしれません。あるいは「慣性はがき」なんてのは、慣性の法則によって届けられるハガキですかね(笑)
調べてみたら2003年4月1日から「郵政ハガキ」に改称されたようなのですが、、、なんだか少しも耳にしたことがないような気がします。
昔々、切手などは「大蔵省印刷局」というところで刷っていたようですが、これまた名称が変わってしまってます。日本人の8割、9割が「自分は中流」だと考えていたのは、まだそんなに遠くない過去です。郵政民営化とカクサシャカイがどこでどう関連しているのか、まるっきり分かっていませんが、一体中流意識は何割にまで減少したのでしょう???
ハガキのお話とは全く関係のないことですが、玄関のブザーが気まぐれで鳴ったり鳴らなかったりしています。押し売りが来た時は鳴らないとか、自動判別してくれるとありがたいのですが、最近の郵便配達の人はチラシ配りの人と区別がつかないような感じもしますし、見てくれ外見だけは「官」風だと分かりやすいように思えます。Oh!!功夫!?

2009年11月17日火曜日

ばんばんもみもみがこがこと……

昨日に続いて紅葉見物第四弾!!ということで、栃木県足利市の織姫公園もみじ谷へと行きました。
東武伊勢崎線足利市駅への到着が午前7時半くらいでした。まずは鑁阿(ばんな)寺へ、、、ここのイチョウの木は、葉が黄変するのが少し遅いようです。モミジは、赤くなっていましたが今までモミジがあったことを意識してなかった気がするので、たぶんこれまで紅葉の時期に来ていなかったのではないかと思いました。
鑁阿寺の中を通学・通勤で通り抜ける人がけっこういました。早朝に開門しているのか、いつでも入れる状態なのか、どうなのでしょう???
思っていたよりも早く雨が降り出してしまいました。織姫神社を通って、もみじ谷に着いた頃には、傘が必要なくらいの降り方になってしまいました。光量が足りなくて、ズームで撮った写真は手ぶれなどで全滅でした(^^;)
晴れていれば、両崖山のほうまで行くつもりでいましたが、雨の降り方は強くなるばかりでした。
足利学校は、毎月第3月曜日が休館日と書いてありましたが、なぜか今日も休館していました。「校學」と書かれた門のところにある大きなイチョウの木は、かなり黄色い葉になっていました。このイチョウも青空の下で見たかったものです。
JR足利駅前で、少し早いお昼を食べて、栃木駅経由で帰ることにしました。寒い日になってしまいました。
午後からは、映画「クリスマス・キャロル」でもと思っていましたが、、、最寄りの映画館では日本語吹き替え版しか上映していないので、なんとなく気分が乗らずやめておきました。

2009年11月16日月曜日

夜までは、見ていられナイト!!

紅葉見物第三弾!!は、まだちょっと時期が早いかもしれないと思いつつ国営武蔵丘陵森林公園へと行ってみました。昨日は、天皇陛下在位二十年記念で無料だったようです。すでに11月7日から「紅葉見ナイト」というカエデライトアップイベントが始まっていて、夜8時半まで開園しています。12月6日までです。
東武東上線・森林公園駅への到着が午前11時20分くらいでした。バスが出る時刻まで間があるので、森林公園の南口まで3キロほどを歩くことにしました。その間にある木々は、もうだいぶ葉を落としていました。
南口から入るとすぐ噴水があります。その後方右側にあるモミジはとってもきれいに色づくはずなのですが、まだ葉は青々としていました。でも全般的に例年より紅葉が一週間くらい早いのではないかと思えました。
今日は、雲が多くて時折にしか日が差さないので、紅葉した葉の美しさはいまひとつになってしまってました。
「カエデ見本園」というところには、野生22種、園芸品種およそ50種、約500本のカエデ・モミジ・メープルがあります。南口から入ると、そこへ辿り着くまでかなり歩きます。カエデの木は、世界に200種類くらいあって、日本にはそのうち35種類くらいがあるそうです。つまり見たことのないカエデの方が多いということのようです。
午後3時くらいに中央口から外に出たのですが、平日にはバスが運行していなくて、紅葉見ナイトシャトルバスも4時20分からなので、また入れてもらって、西口からバスで森林公園駅へと向かいました。

2009年11月15日日曜日

ひとり七役、聖夜に七転び八起き

昨日の朝、と言うよりも未明でしたが、、、東の空には下弦を過ぎて細くなった月が昇ってきていて、空全体に沢山の星々がきらめいていました。それなのに、もうすこしで傘が必要と思えるくらいの雨が降っているのです。この光景は、写真には撮れそうにありませんが、絵心があれば描けるのかもしれませんね。
ロバート・ゼメキス監督作品「クリスマス・キャロル」の公開が昨日から始まったようです。3Dの映画というのは、ディズニーランド内での短いものくらいしかまだ観たことがありません。ディケンズが作品を書いたのはもう160年くらい前のことで、たぶんまだ映画などなかった時代です。邦訳されたのは明治になってからですが、それから今までどれほどの翻訳が出版されたのか、たいへんな数なのではないでしょうか。
この映画を観に行くかどうかは、まだ決めていません。入れ替え無しの映画館なんて、今はもう存在しないかもしれませんし、本を繰り返し読むように何度も観るならば、DVDを買った方がよさそうな気もしてきます。それに、字幕版・3D日本語吹き替え版・日本語吹き替え版・IMAX3D字幕版・IMAX3D日本語吹き替え版という5バージョンがあるようで、どれを観たらよいのか迷ってしまいそうです。
スクルージ爺が妖精に連れられて見て廻るのは、過去・現在・未来の光景なので、ゼメキス監督にとっては、「バックトゥザフューチャー」と同じなのかもしれません。そして、たぶん写真には撮れそうにない光景でも映画では撮れてしまうのでしょうね、、。
ところで、この映画の宣伝は、あれやこれやキャッチコピーの大盤振る舞いのような感じがしますけど、、、なにか心に響くフレーズがありましたか?

2009年11月14日土曜日

野木のびにょきにょき鎮守の森の木

昨日、下野煉化製造会社の煉瓦窯を見に行く前に野木神社へ寄りました。国道4号線のところから、ずいぶんと長い参道でした。
坂上田村麻呂お手植えの推定樹齢1200年というイチョウや500年のケヤキなど大木がいっぱいありました。
絵馬などが掛けてあるところに何かを布で包んで小さな玉のようなものがいくつも吊り下げられていたので、なんだろうと思ってましたが、、、大公孫樹の説明板に「この大イチョウには、婦人たちが乳が出て乳児が健全に育つように米ぬかと白布で作った模型の乳房で祈願する民間信仰があります。」と書かれていました。
浅草寺にある「白馬繋馬図」の大絵馬と対をなすという「黒馬繋馬図」絵馬があるようなのですが、現物は見ることの出来る場所にあるのか分かりませんでした。浅草寺のも見てはいませんが、こんな文化財がありますという掲示だけで、そのものを常時公開していないものが世の中にはいっぱいあります(^^;)
フクロウの写真も多く飾られていました。今もこの境内に棲んでいるのかどうか、いるならばどの木なのかは、謎でした。雄鹿の剥製らしきが、なぜかブルーシートに包まれて置いてありました。二輪草の群生地でもあるようです。
芭蕉句碑があって「芭蕉墳」となってます。彫られているのは「一疋のはね馬もなし河千鳥」ですが、これは芭蕉の作であるかどうか疑問視されている句です。
煉瓦窯を見て国道4号線まで戻ってきたときにはもう午後1時半近くになっていたので、最初に遭遇したラーメン屋さんで昼食にしました。ちょっと値段が高めの設定かと思っていたら、帰りに次回使える100円の割引券をくれました。たぶんその100円がのっていたのでしょう、、。
法音寺には、安永九年(1780)に建てられた芭蕉句碑「道ばたのむくげは馬に喰われけり」がありました。おくのほそ道とは、関係のない句です。
田舎のJR線二駅分歩くというのは大変でした。間々田には、泉竜寺にも芭蕉句碑があるはずですが、歩き疲れてきましたし、そろそろ空が泣きそうに暗くなってきたので、寄らずに車屋美術館へと急ぎました。
車屋美術館の展示物は、前回10月に行ったときと同じ「土門拳が撮った昭和 風貌」ですが、後期展示となって10枚ほど写真が入れ替えになりました。永井荷風の写真も女性2人と写っているのとは別の写真になってましたが、やはり浅草のロック座で撮影されたものでした。歯を出して笑っているところの顔、その歯がでこぼこなので入れ歯ではなく自分の歯なのでしょうね。
また小川家住宅のほうも見ることにしましたが、閉館時間間際で説明ボランティア3人が暇してるところだったので、なんだかせわしなく追い出されてしまった感じでした。
庭のモミジが赤くなっていました。

2009年11月13日金曜日

ガマは窯でも文明開化の音遠く

昨夜の天気予報では、今朝9時頃から雨が降り出すとのことでしたが、ちょうどその頃には一時的に雲が切れて空広く青空となりました。
雨ならば、前回10月8日の台風後に出かけた小山市立車屋美術館だけ行くつもりでいましたが、急に雨になるような空模様ではないので、午前10時半くらいに東武日光線・新古河駅から歩きはじめました。新古河駅は、埼玉県北川辺町にあります。渡良瀬川にかかる三国橋を渡ると茨城県古河市に入ります。三国橋の「三国」も、かつては武蔵・下総・下野だったのでしょうが、今は埼玉・茨城・栃木ですね。
まずは雀神社へ寄りました。「鎮(しず)め宮」が転化して「雀宮」となったという説明が境内に書かれています。社殿は、1605年の造営だそうです。
国道4号線へと出て、ここから間々田までは「細切れおくのほそ道」お散歩となるのですが、今日はどちらかといえば奥の細道無関係の寄り道の方がメインです。
見落としたのか表示板が存在しないのか、いつのまにか栃木県野木町です。
明治21年から昭和47年まで赤煉瓦を製造していた下野煉化製造会社の煉瓦窯を見に行きました。現在は、ロイヤルホースライディングクラブという乗馬施設の敷地内になってしまっています。どうやら以前は、ある程度内部も見ることができたようなのですが、老朽化のために野木町では寄付金を募って修復工事をしている最中でした。見栄えの良くないフェンスに囲まれてしまっていました。
東京駅の駅舎もここで製造された煉瓦が使われているそうです。煉瓦窯は、外周約100メートル16角形で、煙突の高さは34メートルとのことです。ドイツのホフマン式輪窯と呼ばれ効率よく大量生産ができる構造だったようです。
今日は、乗馬クラブの客も修復工事の人も誰もおりませんでした。いつか内部も見物できる時が来るのでしょうか???

2009年11月12日木曜日

吉原ではぐれし人やおかめ顔

雨が止んでくれたので、まずは浜離宮庭園へと行きました。年間パスを買ってあるのですが、今日は「天皇陛下在位20年記念のため入園無料」となっていました。その時は、今日あちこちで大規模な記念式典などが開催されるなど全く知りませんでした。
浜離宮からはいつも船に乗って、浅草吾妻橋まで行きます。料金は、720円です。一旦、日の出桟橋へと逆行してからまた隅田川を遡ってゆくので、日の出桟橋から乗るよりも料金は40円安い設定になってます。なんだか同じ時刻でも同じ船がやってくるというわけでもないようで、今日は「竜馬」という船名で560人乗りでしたが、日の出桟橋で殆どの人が下船してしまいました。
浅草に着くとすぐマクドナルドで昼食にすることにしたのですが、マックポークは「新メニューがごにょごにょで一時販売停止」となっていました。マックポークに代わる新メニューが登場しているということでもないので、意味不明の説明でした。他にも販売してないものがあったみたいです。
いつも薄暗い仲見世の通りが、なんか明るい!!と思ったら、アーケード屋根が付け替えのために取り払われていました。新しいアーケードができるのは来春になるようです。
今日は一の酉なので、鷲神社へ寄りました。飴細工のお店で、飴をいろいろな形にしてゆくのを見たかったのですが、どのお店もまだ実演販売になっていませんでした。3ヶ入りのカルメ焼きを買いました。激甘!!です。
南千住駅まで歩いて、なぜか最後に小塚原の首切地蔵を見てお終いにしました。

2009年11月11日水曜日

気分高揚、紅葉の効用

昨夜の帰り道にぽつりぽつりと降っていた雨は、今朝起きたら本格的な雨降りになっていました。明日は、一の酉です。
昨年のブログを見返していたら、、、11月になったとたんに木枯らしが吹いていました。今年はまだなのでしょうか。スカイツリーは土台の建設中、銀座四丁目の和光の建物は改装中、浅草・鷲神社の酉の市には天気予報の森田さんが取材に来ていました。11月13日に「一週間ぶりくらいの青空」と書いていました。もうそろそろ北国からは、ハクチョウたちが飛来する頃ですね、、。
さてこれからの紅葉見物ですが、11月中旬からのお薦めは、1000本のモミジがあるという足利市織姫公園もみじ谷です。下旬になったら栃木市大平山の謙信平。14日は埼玉県民の日なので、秩父・西武・東武鉄道などがそれぞれ一日乗車券を発売するので、これを使って秩父・三峰のあたりに行くのもよいかもしれません(^^)

2009年11月10日火曜日

赤い天狗を追いかけて

日光に続いての紅葉見物第二弾!!ということで、日光よりは少し南下したところにある鹿沼へと昨日行ってきました。こちらもまた日光と同じで、あと三、四日早く行くべきでした。と、言っても紅葉はまだまだ十分に楽しめました。
鹿沼は、日光よりも少し手前なので、いくぶん電車賃が安くなりますが、今回の紅葉見物場所である古峯(ふるみね)神社までは、約1時間バスに乗ることになるので、到着時間も交通費も余計にかかります。バス停は、「古峰原」神社と書いて「こぶがはら」と読みます。
毎回、8時半くらいに到着するバスに乗るのですが、途中にある会社か工場に通勤する何人かと10人くらいのランドセルを背負った小学生が降りてしまうともう他にほとんど乗客はいなくなってしまいます。参拝客は、もう少し遅く、マイカーでやってくるみたいです。
「古峯園」(こちらは、”こほうえん”と読む)という日本庭園があります。入場チケットの裏側には、「約82500平方メートル 面積の広さは庭園としては日本最大の規模」と書かれていますが、全体を見通せてしまえるせいなのか、特に広いようには思えません。都内にある小石川後楽園は70847平方メートル、六義園は87809平方メートルです。
昨年は、一頭だけ鹿が庭園内で放し飼い(?)になっていましたが、見あたらないので捜したら、柵の中に三頭いました。減ってしまった気がします。
庭園内には、2時間余りいたのですが、太陽が昇るにつれて刻々と紅葉した木々の美しさも変化して行くのが良い感じでした。庭とは、、、神々が降りてくる場所であったのかもしれません。

2009年11月9日月曜日

笑う猫にも空腹来る

昨日、鳩山会館のあとは音羽通りを渡って、椿山荘の庭園へと行きました。庭園を徘徊するだけですので、正面から入るのは恐れ多くて、神田川沿いにある冠木門から入ります。すぐ左側に樹齢500年という椎の御神木があります。本当に神が宿っていそうな感じがします。
日本庭園内には、近年になって制作されたのではないかと思える七福神の石像が置かれています。なんとなく漫画風にデフォルメされているようです。寿老人、布袋、毘沙門天、福禄寿、恵比須の写真しか撮っていないので、お庭を隅々まで歩かなかったようです。神々なのに普通はお寺に祀られているのには、きっと「歴史的経緯」ってものがあるのでしょうね、、。
次は、お隣の関口芭蕉庵へ、、、休憩所は、老人の溜まり場となっていました。ひとまわりしてから、新江戸川公園を歩いて、裏手の坂を登って永青文庫へ、、、今の展示物がなにやら漢字ばかりで読めそうにないものなので素通りして胸突坂を降りてくると関口芭蕉庵と水神社の間に戻ってしまいました。
この辺り猫が何匹かいます。
「ここに住むことを許されている猫達は、天候に関係なく一日に二度ゴハンを食べています。善意とはいえ、その合間に猫達に何かあげられますと猫達は調子や生活のリズムを崩して迷惑となります。皆、高齢猫達です、何もあげずに見守るように願います。」などなどいろいろなことを書いたものが掲示されたり置かれていたりしてました。
わりと早めで江戸川橋駅へと戻って、お散歩終了としました。

2009年11月8日日曜日

洋館には薔薇、羊羹は別腹

もし政権交代がなかったら、今でも存在すら知らなかったかもしれない「鳩山会館」を見てきました。
地下鉄有楽町線の江戸川橋駅と護国寺駅との中間くらいのところにあります。音羽通りには、大型の観光バスが何台も駐まっていて、日曜日のせいもあるのかもしれませんが、凄い人出となっていました。
いきなり急坂を登らされます。徒歩で、この建物に出入りすることなど想定していないのかもしれません。タクシーならば玄関の所まで行ってくれるようです。
入場料は、500円でした。写真撮影は、可能なところと不許可のところがありました。庭はバラの花が花盛りというところでした。
建物は、日本人の設計による洋館で大正13年に建てられ、1995年に大改修して翌年から一般公開されているようです。やっぱり観光客が増えたのは、鳩山政権誕生以降のようです。前年比3倍だそうです。
「1.特殊なファッション,メイクをしての撮影 2.会館内で着替えてからの撮影」などなど玄関先に禁止掲示があったのはなぜなのかと思ってましたが、特殊なファッションとはゴシック・ロリータ系のことで、いろいろとトラブルがあったようでした。
鳩の意匠が建物のあちこちに見られました。人が多いので、早々に退散しました。閑古鳥が鳴いている時に来たかった場所です(笑)

2009年11月7日土曜日

赤や黄色の色さまざまに

昨夜から今朝にかけて、10時間近く眠ってしまいました。紅葉疲れってことかもしれません。今回は、「木々」の色づきというくらいな見物でしたが、いつか山ごと燃えているような紅葉を見てみたいものです。日々のストレスとか一瞬にして燃え去るような気がします。
新型インフルエンザは、着実に勢力を拡大しつつあるのかもしれませんが、大騒ぎした今年の初夏あたりよりもマスクをしている人は少ないように思えます。油断大敵、火がぼーぼー!!ですが、、、マスク着用そのものが煩わしいので、仕事先から通勤時のマスク着用が義務づけられたら、もうストレスマックスに達してしまいそうな予感です。
免疫力を高めてウィルスに対抗するには、ひたすら眠ることと、自分の脳が壊れない程度に体温を上昇させることになるのでしょうか???
やっと石油ストーブの置いてある周辺を片付けましたが、次の寒波襲来まで点火しないでいようかと思っています。
ソメイヨシノの桜前線みたいなことにはならないと思うのですが「紅葉前線」という言葉も使われているみたいですね。片方では、もう葉が残っていないのに、となりのモミジは青々とした葉がついたままということも不思議です。
都内のモミジが赤くなるまで、あと何日???

2009年11月6日金曜日

秋の木の葉の散ればなりけり

『万葉集』4516首の歌のなかで、紅葉を詠んだのは、たったの1首だけだそうです。
日光植物園は、「国立大学法人東京大学大学院理学系研究科付属植物園日光分園」というのが正式名称のようで、これを途切れることなく3回早口で繰り返し言うことができると入園料が無料になるということはありません。なお東京にある小石川植物園のほうは、「国立大学法人東京大学大学院理学系研究科付属植物園」が正式名称で、「小石川」は消えてしまいます。
どちらも入園料は、大人330円です。東大生は無料かもしれませんが、もぎりも掃除もメンテナンスも東大生はまるでかかわってなさそうに見えます。こちらの日光分園は、12月から4月中旬まで閉鎖休園となってしまいます。
逍遙園よりもさらに早く紅葉した葉が落ちてしまっている感じでした。化け地蔵が並ぶ憾満が淵あたりは、なんとかまだ残っていてくれてました。
塀で隔てられている隣の日光田母沢御用邸記念公園側からは、掃除して集めた落ち葉を塀越しに植物園側へと投げ入れていました。そうしてもよいという話が出来ているのかもしれませんが、どちらも営業中の時間にするのはおかしいような気がします。まぁ、もしかすると仕事が手早いなんて評判の人の秘密裏技なのかもしれません(笑)
その塀越しに眺めて、、、やっぱり御用邸の方が紅葉が綺麗そうなので、移動することにしました。塀を越えてしまえば一瞬で到着ですが、双方の出入り口まではかなり歩かないと行けません(^^;)
午後2時半には駅まで戻って、暗くなるのも早くなってますし、帰ることにしました。撮った写真は、2782枚でした。枚数の割には、いい感じの写真がありません、、。
 (写真は浄光寺にて撮影)

2009年11月5日木曜日

ゆるやかに乙女の胸にも紅葉もゆ

なんとなく「紅葉狩り」という言葉にはなじめないものがあって、、、今日は日光まで紅葉を見にでかけてきました。
午前7時38分に東武日光駅へ到着しました。バスには乗らないで歩いて行くと、ちょうど東照宮や輪王寺の開門時刻に着けます。
いつも本宮神社の三重塔前を通って、禅智院というお寺に寄ることにしています。以前は、古そうで良い感じの建物があったのですが、なぜ取り壊してしまったのかと思っていたら、、、昨年の8月に半焼してしまっていたようです。このブログを書くためにネット検索するまで、そうだったとは知りませんでした。なんだか変な感じに建物が分断されて、板で塞がれていたのには、そんな理由があったとは……。官軍・土佐藩と芸州藩の宿所だったということも先ほど知りました(^^;)
輪王寺には、逍遙園という小さい回遊式日本庭園があります。お気に入り!!の庭です(^^) 昨年は、11月6日に来て、ちょうどモミジの紅葉が見頃でしたが、今年はもう既に散ってしまった葉の方が多いようでした。紅葉した落ち葉は落ちたままにしておいて欲しいところですが、どんどんと掃きすてられてしまいます。せめてあと4、5日早く出かけてくるべきでした。
今日は、東照宮や二荒山神社には行きませんでした。
コンビニでおにぎりを買って、次は浄光寺へと寄りました。ここは、このお寺の前のモミジがお気に入りスポット!!です。住職さんの趣味なのか、2~3年前からずっと廊下に小型の天体望遠鏡が置かれています。
まだ10時半くらいでしたが、花石神社のベンチでおにぎりを食べてしまいました。お爺さんなのかお婆さんなのか判別できない人が、ギンナン拾いをしていました。
そして日光植物園へと向かいます、、、。

2009年11月4日水曜日

やうやう草加という宿にたどり着き

まずは、紀伊国屋文左衛門の墓を見てみることにしました。ネームバリュー(?)からして、大寺院のなかに巨大な墓石があるように勝手に思い込んでいましたが、深川にある成等院というこぢんまりとした寺に小さく朽ちかけた墓石があるだけでした。近年になってからの巨大な石碑が、その墓を隠すように建っています。鍵がかけられていたので道路からみただけになりました。
清澄庭園を一巡りした後、地下鉄で神保町へと移動しました。先週わざわざ購入した古本まつりの目録が、「ご自由にお持ち下さい」になっていました。10月30日に「なぎら健壱著のお散歩本が、いわゆるゾッキ本となって店先に並んでいた」と書いてしまいましたが、なぎらさんは、腰巻に写真入りで宣伝しているだけで、著者は町田忍という方でした。『東京ディープ散歩』という本ですが、内容は特に”ディープ”なところもなくターゲット読者も絞り込めていない感じです。文章にもややパワーがないので、この本を読んで、すぐそこに行ってみたくなるという気がしてきません。

今日は、草加市が無料で配布している「今様草加宿ガイドマップ」を見ながら埼玉県草加市内を歩いてきました。
「奥の細道」の冒頭をすらっと読むと、、、深川を船で出発して、千住から歩き始めて草加で第一日目を終えたかのようですが、曾良の随行日記では、千住に一週間ほど滞在してから春日部まで行ったことになってます。この曾良像が建てられていました。
今はどうなのか分かりませんが、水質の汚さでは日本トップクラスであった綾瀬川沿いを公園のように整備して、日光街道の松並木を再現したり、芭蕉にちなんだ名前の歩道橋を造るなど草加市はずいぶんお金をつぎ込んでいるようです。
しかしながら観光客が押し寄せるような宿場町としての町並みは既に無く、「煎餅」発祥の地で、沢山の煎餅屋がありながらも食べ歩きできる焼きたて煎餅を買える店は見あたらないなど、お散歩地としての魅力はいまひとつのようでした。

2009年11月3日火曜日

空見上げネコも知るなり今朝の秋

「春眠不覺曉」などと詠われていますが、年中眠たくまだ寝ていたい日も多々あります。今朝のお天気と言えば、、、春眠不覺曉に続くフレーズ”処処啼鳥を聞く 夜来風雨の声 花落つること知んぬ多少ぞ”という感じでした。これからは暁前に起床せねばならない日のほうが多くなります。
ネコの睡眠時間は、人間より多いのでしょうか???
お散歩途中では、よくネコの写真を撮ります。イヌは、単独行動が制限されているので、あまり撮影する機会が生じません。最近、続けざまに見たのは、ネコが木などの高いところへ前足でつかまって伸びをする仕草でした。
最近の目撃びっくり!!は、近所を流れている農業用水路にカワセミがいたこと。もっと清流の川にしかいないものかと思っていました。カメラを向けたとたんに飛び立ってしまったので撮れませんでした。こんなところにいるはずがないという思い込みから解放されると、次は都心部の公園でもカワセミに出会うことができました。
ならばネコは、、、もしかすると人の見ていないところで、腰に手を当てて後ろに反り返って猫背を治しているかもしれません。

2009年11月2日月曜日

雲とほき紅葉見ずに冬木立

今朝はあまり寒いという程でもなかったので、ちょっと安心していたら、今宵は覚悟を上回る寒さになってしまいました。
石油ストーブの上には、壊れていて音のでない巨大なCDラジカセがのっています。この種の物をゴミとして出せる日は、月に1~2回しかありません。たぶんもう半年以上も捨てはぐっています。ストーブの前には、永井荷風全集やら100円均一本が積まれていて、この本をどこかへ移動させないと点火できそうにありません。
それでも部屋には、ほんわかとかすかに「暖」が漂っているのは、不在の時も2台のパソコンを稼働させたままにしているせいかもしれません。それがどれほどの電気代になってしまうのかは、深く考えないことにしています。
外に出したままのジャカランダやパキラなど観葉植物とかホテイアオイなどの水草を越冬させる場所も部屋の中に確保しなければなりません。ホテイアオイは、いつも2リットルのペットボトルの上部を切り取って、その中に入れて窓辺に置いておきます。そうすると真冬に花を咲かせたりします。
あれやこれやと物があふれて、、、気がつけば足の踏み場もない!!という状態にしっかりと突入してゆきます。

2009年11月1日日曜日

じゃんぴんじゃっくおらんたんGo!!Go!!Go!!

ハロウィンが日本で商的利用されるようになって、もう20年くらいは経つのでしょうか?
でも子供たちが「トリック・オア・トリート」と近所の家を廻って歩くなんてことが、日本の何処かで定着しているという話は、まだ聞いてないような気がします。
近所にいるペコちゃんは、そのお店が衣装を着せ忘れていたのか、2~3日しかハロウィン姿でいなかったので、写真を撮りそこねてしまいました。今日はもう七五三対応なのか、和服姿になっていましたが、これがど~にも晴れ着には見えず、浴衣か普段着の雰囲気です。誰もが同じ服を着てみたい!!と思うような衣装には程遠い感じです。
夜になって雨が降り出しましたが、11月としては記録的な暖かい日だったようですね。
今日は、先の千住に続いて、、、細切れ奥の細道で、草加あたりを歩くつもりでいましたが、すぐに終わると思っていた、ご近所の草取りイベントが長引いたので、出かけるタイミングを逃してしまいました。
明日は、寒波襲来ですか???