2011年7月31日日曜日

どつぼにはまってさあへんたい


人体の「つぼ」(経穴)の数は、諸説ありますが一年の日数と同じくらいだそうです。たぶんその全てに名前が付けられているはずですが、鍼灸師でも全部の名称を丸暗記している人はいるのでしょうか??? それが憶えられるくらいなら、何か他のことで先に専門家になっていそうです(笑)
鍼灸師がなんらかの治療にほとんど用いないツボが「会陰(えいん)」なのだそうです。効果がないのではなく、位置のせいかと思います。
東京メトロ・半蔵門線清澄白河駅にある「METRO GHIBLI Gallery」に寄ってきました。今回の展示は、発売されているDVDのジャケットが中心(?)のようで、なんだかいまひとつ展示意図が謎です(^^;)
ジブリ映画の世評は高いようですが、、、いつもなんとなく指ひとつふたつ「つぼ」と違うところを押されているよう感じがしています。

2011年7月30日土曜日

みずのなかのげる


「神田川」の源流は、井の頭公園の池のようで「一級河川 神田川」と彫った三角形の石碑がありました。これまでずっと「善福寺公園」だと思い違いをしてました。河川の”上流”らしく小川程度の幅で勢いよく水が流れていました。
野口雨情の石碑には、「鳴いてさわいで日の暮れごろは葦に行々子はなりゃせぬ」とあるようなのですが、石碑からは判読できそうにありませんでした。民謡集『おさんだいしょさま』の「行々子(よしきり)」ではなく「井の頭音頭」の一節とのことです。
雨が降っていても傘を差してベンチに座っている人がけっこういました。そのあたりは、「都会の公園」だなぁって感じがします。井の頭公園で思い浮かぶのは、、、家庭で飼えなくなった亀とかワニとかの捨て場所というようなイメージです(^^;)
雨降りなので遠征するのか、大きなカタツムリが人に踏まれそうな場所を移動中でした。ピカソとは関係ないようなのですが、若干の中年親爺はカタツムリのことを「ゲルニカ」と言うようです。
ぐんま昆虫の森で見たオオムラサキのメスとよく似た形で、羽根の柄がちょっと違う蝶がいました。その蝶をしばらく追いかけてみると、あちこちに卵を産み付けていました。でも特定の植物を選んでいるようでもなくて、そんなので良いのか?と見ていて心配になりました。
気温は、そう高くはなっていないようでしたが、飽和状態のような湿度がとても不快でした。そして元気に蚊が血を吸いに来るのでした、、。

2011年7月29日金曜日

判で押したような雨の日!?


「スタンプラリー」は、カタカナ書きのヨコモジですが、もしかして国産イベントでしょうか??? ルーツは、神社仏閣の御朱印集めとか四国八十八箇所お遍路なのかもしれませんが、やはりどこかの広告会社が考え出したもののように思えます。いつのまにやらスタンプラリーは、果てしない数で開催されていそうです。
7月16日から「第2回電車でまわろう!動物園・水族園スタンプラリー」というのが始まっていたので、7月25日には、「京王線多摩動物公園駅」と「多摩動物公園」でスタンプを専用の用紙に押してきました。今日は、京王井の頭線をわざわざ急行から各駅停車に乗り換えて「井の頭公園駅」と「井の頭自然文化園」でスタンプを押しました。あとは、上野駅+上野動物園と葛西臨海公園駅+葛西臨海水族園ですが、どちらも一ヶ月以内に行ったばかりなので、次は9月になってからになるような気がします。9月30日までの開催です。抽選でたったの133名にしかプレゼントグッズは当たらないのですけどね、、。
「熱帯鳥温室」は、”地震による破損箇所の修理が終わるまで当面の間閉鎖致します”と貼り紙がされていました。外から見える範囲では、修理している様子は全くありませんでした。春頃にも来た気がしていましたが、前回は1月22日でした(^^;)
温室の隣には、「はな子」という名の今年で64歳になるアジアゾウがいます。木からぶら下がっているロープを象が鼻に巻き付けて引っ張ると鐘が鳴る仕組みになっていることに初めて気付きました。鐘が鳴ると餌が貰えることになっているのか、後方の塀に背伸びするようにして鼻を伸ばして、なにやら受け取っている様子でした。
アカゲラとアオゲラのいた檻は空のままでした。写真は、スズメの仲間で「エナガ」という小鳥です。ニホンリスのいるウォークインケージにいました。なんだかスズメより動きが速そうです。

2011年7月28日木曜日

天四-天々らじゃ~


寅さんで有名な「柴又帝釈天」にも彩色されてはいませんが立派な彫刻があります。梵天、帝釈天、持国天・増長天・広目天・多聞天(毘沙門天)・弁才天(弁財天)・大黒天・吉祥天・韋駄天・摩利支天・歓喜天などなどが仏法の守護神ということのようです。妻沼聖天山の本尊は、正しくは「大聖歓喜天」と言うそうです。本尊は「秘仏」とのことで、一般人が目にすることはなさそうです。
拝殿までは「拝観料」なしで入れます。「入場券」を700円で買って本殿の横から入ります。爺婆ボランティアの説明は無料ですが、団体以外はある程度人数がまとまってから始めるようでした。説明はいらないと断ったのが気に入らなかったのか、後からひとつ質問したら「あっちにいる人にでも訊いてください」と言われました(^^;)
群馬県板倉町にある雷電神社の本殿も塗り直せば同じような感じになりそうな彫刻でした。一部の彫刻は「左甚五郎」作品とされているそうですが、東照宮の眠り猫を彫った左甚五郎とは、時代が百年くらいずれてしまいます。今で言う左甚五郎「ブランド」のようなものなのでしょう。板倉・雷電神社の彫刻はいつでも無料で見ることができます。こちらも甚五郎流です。
一通り写真を撮るだけなら10分とかからないかもしれませんが、もったいないので小一時間いました。空が晴れてきて肌が焼けそうに、、。
乗って来たバスは「太田駅行き」だったので、熊谷駅に戻らず太田駅から帰ることにしました。秩父鉄道の料金が高いので、電車賃は太田駅経由のほうがずっと安くなります。太田駅までは14バス停があって、料金は400円でした。つまり東武伊勢崎線・太田駅から熊谷行きのバスに乗った方が早く安く着けるのにそのような案内はホームページや観光案内のどこにも書いてありません。バスに乗ってすぐ利根川に架かる「刀水橋」で、それを渡ると群馬県太田市でした。「西小泉駅」行きというバスもあります。今年9月10日(土)に大泉で開催されるサンバショーの後は、このバスに乗ってJR熊谷駅から帰ったほうが早いという人もいるかもしれません。ところで群馬県大泉町に「大泉」がなくて「小泉」ばかりなのは、「小泉町」と「大川村」が合併して発生した町名だからのようです。
バスが定刻より数分遅れたので、一時間に一本しかない赤城行きの電車にほんのちょっと間に合いませんでした。間に合っていたらまた昆虫の森へ行くつもりでした。駅前は水を霧状に発生させる装置がずいぶん広範囲に設置されていました。
昔風のタバコ屋で宝くじを売っていました。宝くじは、ほんの少ししか置いてなさそうでした。ここで間もなく終了のサマージャンボを買おうかと思いましたが、大昔にタバコ屋の看板娘であったかもしれない婆さんに睨まれたので、やめてしまいました(^^;) 正午前だったので、その先にあった食堂に入りました。太田は「やきそば」が名物らしいのですがメニューにないので「ソースカツ丼」を注文しました。足利の某店の半額以下という600円で美味しく頂戴できました(^^)

2011年7月27日水曜日

じんときたら甚五郎


一昨日、3800枚ものピンボケ写真を量産したカメラは、パソコンへデータを転送するのがとっても遅いことでも問題があります。そのカメラを使って昨日、ぐんま昆虫の森で撮ったのは、1800枚程でしたが、、、データの転送が終わらないうちにバッテリーが消耗してしまうので、いつまでたっても完了しないのでした。メモリーカードは、”クラス10”という高速仕様ですが全く関係なさそうです。なので昨夜のブログには、このカメラで撮った写真を使えませんでした(^^;)
今朝は雨が降っていました。雨で少しは暑さが和らぐだろうと6月としての日本最高気温記録を樹立した埼玉県熊谷市へと向かいました。
平成15年から8年がかり13.5億円をかけて外壁の彫刻を修理した「妻沼聖天山」(歓喜院聖天堂)本殿が今年の6月から一般公開されているので、見に行くことにしました。
羽生駅で東武伊勢崎線から秩父鉄道へと乗り換えたのですが、乗り換え時間が2~3分しかないので走ってゆく人もいました。秩父鉄道は、ICカードが使えないので、キップを買っていたら間に合わないと思っていたら、、、改札口の前で駅員さんがなにやら配っていて、みんなそれを受け取って走って行きます。都会の駅でのように「あぶないですから、駆け込み乗車はおやめください」ではなく「ご乗車の方はお急ぎください」と言ってました。
昔の切符のような厚手の紙で日付と「無札乗車証明書 車内又は着駅で精算ねがいます。」と印刷されていました。つまり切符を買っていないぞ!!切符でした。
熊谷駅には、午前9時13分の到着でした。たいした人数でもないのに出口精算に時間がかかりました。駅前からバスに乗らなければなりませんが、駅前ロータリー内にはそれらしき乗り場がみつからなくて、北へ向かう道路のほうにある「6番乗り場」を見つけたときには、09:20発のバスは出てしまった後でした。でも10分毎に運行してました。
「妻沼聖天前」バス停は、熊谷駅前から27個目、料金は450円でした。午前9時58分、、本殿の拝観は午前10時からなので、ぴったりの到着です。

2011年7月26日火曜日

くわばら鍬形、勝って兜虫ひとり占め


温室の中でもやっぱり”旬の蝶”があるようで、昨日出掛けた「多摩動物公園」では、野外に「カバタテハ大量飛翔中! カバではなくて樺色のタテハチョウ」という掲示がありました。わざわざ立看板するくらいだから、いっぱい「飛翔」しているのかと思ったら、ぜんぜん見あたりませんでした。
四日前に行ったばかりですが、オオムラサキのメスが羽根を広げている状態の写真を撮っていないことに気付いたので、今日はまた「ぐんま昆虫の森」へ行くことにしました。
午前9時30分の開園ですが、既に大型バス2台に乗って来た小学生の団体が入口で待っていました。
朝一番でスタッフのオジサンたちがクワガタムシをカブトムシばかりいるところに撒いていましたが、すぐにみんなどこかへ退散してしまうようでした。
気温の上昇に伴ってなのか、蚊の活動が活発で困りました。オオムラサキのメスは、見る角度によって僅かに「紫色」にも見えることがあるようですが、オスに比べると地味な色でした。サイズは、オスよりもだいぶ大きいです。樹液を吸っているときは、基本的に羽根を閉じているみたいでした。

2011年7月25日月曜日

「ボケ封じ」のお札をカメラに貼っておけ!!


前回は、今年1月18日でしたので、およそ半年ぶりで多摩動物公園へと行きました。昨日まで三日間ほど涼しい日が続きましたが、今日は暑さと湿気が戻ってきてしまいました。
動物はなにひとつ見ることなく、ただただ暑い温室に2時間半ほどいて、4000枚くらい蝶の写真を撮りました。焦点は「センター固定」で「マクロ」指定にもかかわらず、接写しいてる蝶ではなく背景の方にピントが合ってしまっているのが9割越えてました。つまり3800枚以上のピンボケ写真量産でした(^^;)

今日発表になった気象庁の長期予報では、「8月は平年並み」となっていましたが、昔の「平年」と、ここ10年くらいの「平年」とは”別物”のような気がします、、。

2011年7月24日日曜日

山のあなあなあなろぐ空遠く


日本での「電波を利用して、静止し、又は移動する事物の瞬間的影像を送り、又は受けるための通信設備」が稼動開始したのは、1953(昭和28)年2月1日だそうですが、放送開始を実際に見ることができたのは何人くらいだったのでしょうか???
そしてそのアナログテレビ放送の終焉を目撃しようとしている人の数は、何人になるのでしょう???

ケーブルテレビ経由では、3年間ほどアナログ放送の延命がなされることになったようなので、今までテレビの録画に使っていたパソコン用のチューナーもそのまま3年先まで使えそうだと思っていましたが、ひとつだけ恐れていたことが現実になってしまいそうです、、、それは、番組表の配信停止です。ネットでデータを受け取って一週間先の番組まで予約できましたが、7月29日までの番組表は表示されていますが、30日からは空白になってます。もう更新されないのかもしれません(^^;)

写真は、1960年頃のテレビカメラらしいです。「NHK放送博物館」に骨董カメラや受像器がいっぱい展示されているとのこと、、、ああ愛宕の山も今宵限りあたぼうよ。

2011年7月23日土曜日

目箒で目から鱗が落ちるかな?


食用ハーブの「バジル」は、日本では一年草ですが、赤道近くの暑い地域では多年草なのだそうです。いわゆる「旬」というものが”無い”と言うべきなのか、ずっと「旬」が”続く”と言うべきなのでしょうか???
温室で蝶を育成している場合でも種類の違いによる旬の時期というものがありそうな感じもしますし、若干の個体数の増減だけなのか、一度ちゃんと実態を訊いておこうと思いながら機会がありません(^^;)
蝶の中では長生きだという「オオゴマダラ」は、”ぐんま昆虫の森”でも”多摩動物園”の温室でも一年中いるようですが、今回はいつもより数がだいぶ少ないように思えました。「コノハチョウ」などはもう半年以上見かけていない気がします。
温室内にある温度計は23.5度、湿度82%を表示していました。なんだか体感温度より低すぎるように思えました。
クヌギの木に集まるカブトムシやオオムラサキを見ているのがとっても楽しかったので、温室の人工的な自然環境(?)がなんとなく空しく思えてきてしまいました、、。

2011年7月22日金曜日

昆虫レストランくぬぎ亭まいどあり~


昨年の九月から月に一回ずつ行っているので、11回目の「ぐんま昆虫の森」です。今日は、先に温室に行かないでクヌギの木のある場所に直行しました。先月来た時に一本のクヌギのまわりだけ入れないような柵を作っていましたが、その木はカブトムシがいっぱいいて押すな!!押すな!!していました(^^)v
来場者のほうも今までにこんなに人がいるのはなかったというくらいに次から次へと虫取り網を持った家族連れが来てました。なんとなくですが、昆虫については、若い父親よりも「爺ちゃん」のほうが詳しいみたいでした。
自分の子に、、「こんな薄汚れた蝶でなくオオムラサキならよかったのになぁ……」と偉そうな口調で親爺が言うので、わたしがその「薄汚れた蝶」の羽根を指で軽く叩きながら「この蝶はオオムラサキですよ」と言うと、、、蝶は飛び立たずに「ええっい頭が高い控えおろう、この紫の紋所が目に入らぬか!!」とばかりに閉じていた羽根を広げてくれました。親爺の面目丸潰れってやつです(笑)
当然のことながらカブトムシとオオムラサキだけでなくオオスズメバチも負けずに集まってきているので、神経質な母親か「婆ちゃん」が同行していると、すぐに立ち去ってしまいます。
「あの人まだ写真撮ってる」という声が聞こえるほど同じ場所にいたので、虫たちにもクヌギ同然に見なされてしまったようでした。10歳くらいの男の子が「ズボンにスズメバチがいますよ」と言うので、下をみるとジーンズの膝のあたりに巨大なスズメバチがいて、わっせわっせと元気よく這い上ってきていました(^^;) 払い除けるほうが危険かもしれないので、そのままにしていたら、どんどん登ってきて、胸を斜めに横切って肩に乗り、滑るのか羽根をぶんぶんさせながらついに後頭部を遡上している様子(T_T) 頭頂部に達したと思えた頃に獅子舞のように頭をひと振りするとオオスズメバチは、ぽたりと地面に落ちて、今度はちゃんと本物のクヌギの木を登りはじめました。
実害は、次々に血を奪いに来る巨大な蚊!! 街ではあまり見かけないような大きな蚊で、赤茶色だったり黒かったり、油断していると何匹も並んでお食事を始めているみたいな、、。刺された数と同じくらい殺生しました。南無阿弥陀むし~。
昼間なのにカブトムシも飛び回ってくれましたが、写真に撮るのはうまくできませんでした。時期的なものなのか何か理由があるのか謎ですが、カブトムシばかりでクワガタムシの姿がまったく見られませんでした。
オオムラサキは、一ヶ所に10匹くらい集まることもあって壮観でしたが、あまり羽根を広げてくれないのでした。

2011年7月21日木曜日

アカルイマンボウ


今日は肌寒いくらいの気温になりました。一週間ほど前には、称名寺と称名寺市民の森散策で力尽きてしまい八景島まで辿り着けませんでした(^^;)
今回も京浜急行・金沢文庫駅から歩いて八景島シーパラダイスへと向かうことにしました。金沢文庫駅からシーサイドライン・八景島駅まで30分かからないくらいで歩けました。交通費は、片道330円の節約になりました。台風は少しずつ遠のいているようですが、ときどき傘が必要なくらいの雨が降ってきました。
先月は、予定していた日に西武球場の隣にある「ゆり園」へと行ってしまったので、およそ二ヶ月ぶりの八景島シーパラダイスです。母イルカにぴったり身を寄せるようにして一緒に泳いでいた子イルカは、とっても大きくなっていました。
周りをぐるっと歩ける円筒形の大型水槽にマンボウが4匹入っていました。葛西臨海水族園では、真っ暗な水槽で展示していたので、マンボウは直射日光が苦手なのかと思っていましたが、水面で日光浴するかのように漂うことも多々あるようで、英名は「Sunfish」です。8月4日にオープンする「サンシャイン水族館」では、”日本一明るい場所で見られる”みたいなことを宣伝していましたので、飼育数でも展示水槽の明るさでも上回る営業戦略(?)かと思えました。
たぶんマンボウ4匹どれもどこかに傷があって、血や体液を傷口から水煙のように漂わせていました。そこをつつく小魚もいました。
水族館では、マンボウを長生きさせるのは大変らしいのですが、海の中では体長4メートル、体高6メートル、体重3トンくらいになるらしいです。一度に3億個も卵を産むのに成魚になるのは、そのなかの2~3匹だそうです。

強風でジェットコースターなどのアトラクションはほとんどお休みでした。

2011年7月20日水曜日

1600キロのラビリンス


通洞駅ホームの端から200メートルほど「おもいでのこみち」と名付けられた線路との間に柵などなんの障害物がない歩道があって「足尾歴史館」のほうへと繋がっています。わたらせ渓谷鐵道は、ディーゼル駆動なので「電車」ではありませんし、たいてい一輛のみで走っているので「列車」でもないので書き方に困ってしまいます。あと数分待てば、「車両」が通過するので轢かれてしまわない位置で見てから行くことにしました。暑くなってきました。
足尾歴史館は、どうやら自治体が運営しているのではないようで入館料350円は、”足尾歴史館友の会一日会員券”となっていました。
なにかここにしかないような展示物があるようでもなくて、人は一体ここに何を見に訪れるのでしょう??? 入会金2000円と年会費5000円で、「年間フリーパス」が手に入ります。1階の展示場では、扇風機が一台空しく回っているだけで、とても蒸し暑くなっていました。
明治32年に田中正造が銅山へとやってきた時に撮られた写真をデジカメで撮ったら、「著作権」のうんぬんで撮るなと言われました(^^;)
ジョサイヤ・コンドルが設計した「足尾鉱業所事務所」の150分の1模型がありました。この事務所が暴動で焼き討ちにされた後、隣接する場所に「古河掛水倶楽部」の建物がつくられたようです。
たぶん3回目になりますが、「足尾銅山観光」(入坑料800円)で坑道に入ることにしました。今まで暑いときには来てなかったのか、水が凍っていた記憶があるのですが、坑内はどこも水滴がいっぱいのびちゃびちゃでした。かなり涼しいです。
先日、テレビで地下5メートルの場所は年間を通して気温15度くらいなので、そこに風を通して冷暖房に利用するという「エコ」を紹介していました。東京の地下鉄など、とっても深い場所を走っているのに全く涼しくありませんし、駅でも冷暖房に利用などしている風ではありませんよね、、。
足尾銅山では、延べ1600キロくらい掘ったそうです。自由に歩けたら楽しそうです(笑)

2011年7月19日火曜日

「水掛け論」はここでせよ!?


昨日の朝起きたらサッカー女子W杯決勝の後半が始まったところでした。危うくそのままテレビを見てしまいそうになりましたが、栃木県足尾町(現在は日光市)にある「古河掛水倶楽部」へと出掛けました。三年ほど前は、平日に立ち寄ったので敷地内には入れましたが、建物の中を見ることができませんでした。
いつもと同じで、わたらせ渓谷鐵道・大間々駅(群馬県みどり市)を午前8時24分発に乗りました。車掌さんは、松雪泰子・似のスレンダーなお姉さんでした。車掌乗車は、原則的には大間々~神戸の間だけのようです。
「古河掛水倶楽部」は、足尾の迎賓館として明治32年に建てられました。現在も古河機械金属株式会社(旧古河鉱業)の施設として使われていますが、土・日・祝日(平日は事前予約が必要)に一般公開されています。足尾駅のすぐ近くにありますが、午前10時からなので、時間調整でひとつ手前の通洞駅で下車して歩くことにしました。通洞駅への到着は、午前9時26分でした。
午前10時ちょうどに到着しました。入場料は、300円です。もし前世というものがあって、その記憶が残るものだとすれば、足尾に暮らしていたのではないかと思えるくらいに「既視感」だらけなのですが、掛水倶楽部も例外ではありませんでした。
あちこちに「無断での撮影を禁止します」と掲示してあるので、たぶん建物内部の写真は撮るなということなのでしょう。
一時間ほどいましたが、他に誰も来なくて貸し切り状態でした。防空壕跡が通路になっていたり、自前の巨大電話交換機など本館ではない部分で楽しめました(^^)/

2011年7月18日月曜日

『どめくら』ヒロイン「葉月の約束」


脚本・吉本昌弘、監督・高橋亨による映画『どめくら』(2005年、製作・シネマドッグ)にヒロインの鴨下亜子・役として出演していた久保田陽子(現在は、夏川陽子)さんが、8月3日に「葉月の約束」という楽曲タイトルでソロデビューします。カップリング曲は「扉」で、税込み1000円です。
夏川さんは、桐生市の出身でヴォーカルユニット「M」のメンバーとして活動してきました。
桐生八木節祭り」(8月5日、6日)、午後5時くらいに桐生市本町5丁目付近でライブがあります(^^)/

昼下がりのぷらすねっとりあーす


日本民家園のなかの高台からは、大型クレーンで建設中の建物が見えていました。来春にリニューアルオープンするという「川崎市青少年科学館」です。現状の建物でプラネタリウムを見ることができるようなので行ってみました。一般投影は、土・日・祝日の13:30からと15:00からの2回と掲示されていましたが、12:00からも観覧できたようでした。30分の投影で料金は200円です。建物の2階には、天体観測室ドームがありますが「ただいまの時間公開していません」となってました。
プラネタリウムは、土足禁止なのでスリッパに履き替えての入場です。投影ドームの直径は6メートルくらいで、あまりに小さい!!ものでした。イスは、折りたたみ式のスチールパイプ椅子がならべてありました。50席ほどのようでした。投影機は、サッカーボールくらいの大きさの「MEGASTAR」でした。
昔のプラネタリウムは、大型の機械でも実際の夜空で肉眼によって見える6000個ほどの星を投影できる程度でしたが、子供の頃から趣味でプラネタリウムを制作してきた「大平貴之」によって、今では小さな機械で2200万個もの星を映し出せるようになりました。
メガスターのオフィシャルサイトによれば、、、”(川崎市青少年科学館は)大平が子供の頃から通っていたプラネタリウムです。専門の解説員によるアットホームな解説が魅力。現在改築中につき、仮設ドームでMEGASTAR-ZEROによる投影を行っています。2012 年春に、最新型MEGASTARを備えてリニューアルオープンする予定です。”
その「専門の解説員」は、明日にも夜空へ向けて昇天しそうなお爺ちゃんでした。主に「七夕の星」についての説明でした。いつも「プラ寝タリウム」になってしまうものですが、解説が上手だったせいか眠らずにすみました。

写真は、日本民家園の茅葺き屋根に巣を作った蜂です。

2011年7月17日日曜日

かやぶきブースカ築千年


三日前に小田急線の事故で行けなかった「川崎市立日本民家園」へと出直しました。
小田急線「向ヶ丘遊園駅」は、「急行」が停車しますが、「多摩急行」というのは停車しないようで、どうやって区別すればよいのかは帰ってから小田急電鉄のホームページを見るまで分かりませんでした(^^;)
「向ヶ丘遊園」は、昭和2(1927)年から平成14(2002)年まで営業していて、モノレールもあったようです。平成9(1997)年には、「快獣ブースカ」をテーマにした「ブースカランド」というのも開設されたそうです。ブースカは暑いのが好きだったようですが、今日も暑くて”しおしおのぱー”という感じでした。向ヶ丘遊園の跡地は、今年の9月に「川崎市 藤子・F・不二雄ミュージアム」になるようですが、ジブリ美術館のような事前予約制になるという話、、。
日本民家園の入園料は500円です。年間パスポートが1000円なので、こちらを購入しました。民家園がある「生田緑地」は、多摩丘陵の一角に位置するということで、起伏に富んだ地形になっているようでした。なので民家園に入ってすぐ登り坂になっていました。
テレビなどで見る岐阜県白川村にある合掌造りの家は、とても巨大な建造物に思えるのですが、ここに移設された家や横浜・三溪園にあるものも入ってみると思っていたより広くないように感じられるのは、なぜなのでしょう???
雨戸や障子をみな開いて風を通せば涼しい日本の家々でした(^^)

2011年7月16日土曜日

Mary Jane on my 'mitama'


東京は、「お盆」です。
お盆とは何かを検索すれば、、、”仏教の盂蘭盆・盂蘭盆会で、死者にお供えを捧げて、追善供養をする行事ですが、日本の古来からの先祖霊を迎え入れる儀礼と混淆して現在のお盆行事になったと云われています。”などと書かれていますので、まるっきり仏教行事かと思っていましたが、毎年この時期に御霊を慰める祭りを行っているのが「靖国神社」です。
昨夜、7月13日から(本日16日まで)行われている「第65回みたままつり」に行ってきました。参道は、人で埋め尽くされて、移動するのも大変なくらいでした。若い子が多くて、もし平均年齢を集計できたとしたら「二十歳」くらいかもしれません???
背の高い大学生風の男は、「みたまってなんだ?あれか?」と大村益次郎の像を指さしていました。どんなお祭りでも「みたままつり」ほど集まってくる人達の平均年齢が低くはないような気がします。もしかすると「国を守るために尊い生命を捧げられた246万6千余柱の英霊」は、亡くなったときの自分と同じ世代を呼んでいるのではないかと思えてなりません。

今年も「見世物小屋」がでていましたが、「なんじゃこりゃ。これで700円は高いやろ。もう行かん。」と書いている人もいたので、蛇を齧る小雪ねぃの顔だけ入口で見て、中には入りませんでした。
なので、「神輿振り」と「青森ねぶた」を見物できました(^^)v

2011年7月15日金曜日

スガモプリズン上空251mからの眺め


小田急線の人身事故がどんなものだったのかは分かりませんが、電車が止まってしまったことで数多くの人の予定が狂い、知らないうちに「因縁の大交換会」が行われたのかもしれません、、。
古民家にこだわるならば、地下鉄千代田線は、そのままJR常磐線に接続しているので取手駅で関東鉄道常総線に乗り換えて三妻駅まで行き、4キロほど歩くと「水海道風土博物館・板野家住宅」に行けるはずですが、昼下がりの炎天下を片道一時間も歩きたい気分にはなれませんでした。ここは、去年の8月に地図や行き方を手帳に書きこんだままになっています。
最初は受付開始前に行ってしまい、二度目は申し込んでお金を払ったのに機械の故障で年間パスポートが発行されなかった「サンシャイン水族館」(8月4日オープン予定)は、一体どんな因縁が行く手を阻んでいるのでしょうか?(笑)
千代田線・日比谷駅で有楽町線に乗り換えて東池袋駅へ行きました。
水族館はまだ工事をしているようでした。年間パスに本人写真を入れるというのは、使い回しされるのを防ぐためなのでしょうけど、言い換えれば客を信用していないということに他なりません。
ついでに7月7日からリニューアルオープンしたプラネタリウムでも観ようかと思っていましたが、宣伝チラシに書かれている内容が少しも面白そうではないので、サンシャイン60展望台へ行くことにしました。

2011年7月14日木曜日

貧乏向日葵、花言葉は「いつわりの富」


日差しと暑さを考えるとなかなかお出かけ先が決まりませんでした。昨日、「神奈川県立金沢文庫」で入手した宣伝チラシのなかから「古民家野外博物館・川崎市立日本民家園」に行ってみることにしました。小田急線・向ヶ丘遊園駅から徒歩13分とのことです。東日本の各地から25件の建物を移築して、昭和42年に開園したようです。
東京23区内には、「古民家」と呼べるような建物はほんの僅かしか残っていませんが、ひとつひとつ訪ねてみるのも面倒なので、まだ全部は見てまわっていません。
地下鉄千代田線・代々木上原駅には、午前10時50分頃に到着しましたが、その10分ほど前に相模大野駅にて人身事故発生のため小田急線は運転見合わせとなっていました。改札の近くは、振り替え輸送の手続き(?)をする人でいっぱいでした。向ヶ丘遊園駅と近いのは、JR南武線・登戸駅ですが、そこへ迂回するルートを考えるのも面倒なので、再び千代田線に乗って戻ることにしました(^^;)

2011年7月13日水曜日

かねさわうんこ!!


「八景島シーパラダイス」へ行くつもりで出掛けました。いつもは、JR品川駅から京浜急行に乗り換えて、金沢八景駅まで行き、そこでまたシーサイドラインに乗り継いで八景島駅で下車しています。今日は、金沢八景駅のひとつ手前「金沢文庫駅」から歩いて八景島へと向かうことにしました。
地図がうろ覚えだったので、いきなり方角を間違えて歩いてました。暑いので「金沢八幡神社」の境内で一休みしました。神社の横に「赤門通り」と書いてあったので、その道をまっすぐ行くと「称名寺」の正面に出ました。「称名寺絵図」に基づいて鎌倉時代の”浄土庭園”を復元したという称名寺庭園があります。池には、朱塗りの反橋が架かっています。
称名寺は、正面をのぞく三方を低い山で囲まれていました。この山は、「称名寺市民の森」という名前で、公園になっているようでした。とりあえず登ってみました。もう八景島まで行く気はなくなっていました。八角堂のあるあたりから海のほうへ視界が開けて、シーパラダイスや住友の造船所が見えました。
「神奈川県立金沢文庫」に入りました。入館料は、250円です。中世資料を大量に保存しているという博物館ですが、7月31日までは企画展「大横須賀と金沢」という横須賀軍港関係の展示で、なにひとつ見たいようなものが展示されていませんでした(^^;)
金沢文庫の前に中世に掘られたという隧道がありましたが、鉄柵で塞がれていて通れません。再度、称名寺市民の森に入って、「北条実時公御廟」を見ておくことにしました。
啄木鳥が機関銃を連射するかのような音を立てて木を突いてました。まさか、横浜の住宅地のすぐ近くで啄木の音や姿に出会えるとは思っていませんでした\(^^)/
写真は、バッタの真似をしている(?)蜂です。ところで「金沢文庫」は、「かねさわぶんこ」と読まれていたようですが、駅も博物館も「かなざわぶんこ」です。「神奈川」は、かつて「金川」であったことは知られていません。なぜなら今思いついたので(笑)
口の両端に指を入れて外側に引っ張り「学級文庫」と言いましたよね(^^)/

2011年7月12日火曜日

HelloHelloに思ほゆるかも白雲の


小学一、二年の頃の先生は、、、「雲」はただ雲としてあるのではなく、いつもどんなものの形に似ているか考えながら見なさいと言っていたような記憶があります。でも都合良く教室の窓から形状連想雲が見えたことはなかったようにも憶えています。

昨夜見つけたネットニュースには、”大賀ハスは、植物学者の故大賀一郎博士が昭和26年に千葉市で約2千年前の地層から発見した種子を発芽させた。同園開園の昭和50年に寄贈された2本の根は今では約3千平方メートルの池いっぱいに広がり、ハス池周辺は早朝、散策する市民らの憩いの場として定着している。10日にはハスの鑑賞と合わせJR古河駅西口で地元商店街による「古河朝市」が開かれ、会場と公園間で無料シャトルバスも運行される。公園事務所によると「午前中、特に9時前後が最も花が開く時間帯」。淡いピンクの花びらは今月いっぱい楽しめる。”と書かれていましたが無料のシャトルバスなんかどこに存在したのか、、、一応、探したのですが運行されていないようなので、正午を過ぎて日陰のない道を駅まで小一時間歩かなくてはなりませんでした(^^;)
「鷹見泉石記念館」(古河歴史博物館別館)に寄りました。茅葺きの武家屋敷なのですが、たぶん丸ごと復元したものではないかと思います。
あまりに暑いので、歴史博物館か文学館で一休みしようかとも思いましたが、近頃の博物館は弱冷房で居心地が良くないこともありうるのでやめておきました。

2011年7月11日月曜日

「梅雨明け10日」まで残り一週間!!


梅雨明けからまだ三日目ですが、、、今日が一番湿度が低いような感じがしました。機械による計測ではなく自分の皮膚感覚での湿度ですけど、、。
昨日は、茨城県古河市の古河総合公園に大賀ハスを見に行きました。例年ならばまだ梅雨なので、なかなか青空の下で咲く蓮の花が見られなかったりもしますが、今年は早朝から暑すぎます(^^;)
公園の中には、自然林をそのまま残したようなところもあるのですが、スズメバチの巣があるわけではなく樹液を吸いに何匹が来ているというだけで「通行禁止」になっていました。結局、お花見よりもトンボやチョウを見ている時間の方が長かったかもしれません。

2011年7月10日日曜日

ほおずきぬかずき鬼灯燦々さんしょう


森下駅前でバスを降りたところからすぐ近くの「長慶寺」で「芭蕉時雨塚旧跡」を見ました。杉風、其角らが芭蕉の歯と芭蕉自筆の短冊を寺の境内に埋めて塚を築いたものが「芭蕉時雨塚」ですが、関東大震災で殆ど破壊され今は、台座の一部が残っているだけです。この寺は、以前には大泥棒の「日本左衛門」墓があると掲示されていましたが、見あたらなくなっていました。
「江東区芭蕉記念館」に寄りました。12月18日までは企画展”漫画で辿る「奥の細道」-風景漫画家沖山潤の世界-”です。
森下駅から地下鉄で東大島駅まで移動して「江東区中川船番所資料館」へと行きました。以前より展示がだいぶ縮小されたようです。『図説 川の上の近代 -通運丸と関東の川蒸気船交通史-』という本を購入しました。カラー図版を多用した大判本ですが、600円と格安なのが不思議な感じです(^^)
東大島駅から都心部へまた地下鉄で戻るつもりでいましたが、ちょうど浅草寿町行きのバスが来たので乗ってしまいました。雷門前で降車しました。四万六千日の縁日「ほおずき市」なので、すごい人出でした。例年なら今頃に入谷の朝顔市があるはずなのですが、地震の影響で中止になりました。
「都営一日乗車券」を使用したので、浅草からも都バスで池袋へ移動することにしましたが、ほおずき市にやってきた爺婆で車内は既に満員で、危うく乗せてもらえないところでした。バス停には池袋まで「34分」と表示されていましたが、一時間かかりました。
人混みをかきわけかきわけサンシャインシティに向かい、8月4日にリニューアルオープンする「サンシャイン水族館」の年間パスポート(3800円)を購入しました。その場で写真を撮られて、写真入りパスを発行となるはずでしたが、ちょうど機械が壊れて復旧の見通しが立たない状態となってしまいました。また出直さねばなりません。

2011年7月9日土曜日

コンテナ困々コンテンツ昏々


あまり知られていないのかもしれませんが、お台場周辺は大型トレーラーによる大渋滞が週の半分くらいの割合で発生しています。東京ゲートブリッジの建設も、たぶんその渋滞緩和策なのでしょう。たいていコンテナを積んでいないトレーラーが列を作っているので、海外からコンテナ船が到着するとわっと一斉にコンテナを積みに集まるみたいです。
今日は、東京ビッグサイトで7月7日から、明日10日まで開催されている「第18回東京国際ブックフェア」に行くことにしました。ちょっと早く到着してしまいそうなので、青海でコンテナ船にコンテナを積み込んでいるのを眺めて時間潰ししました。暑いです!!
ブックフェア会場には、午前10時の開場時刻くらいに行きましたが、、、いつものことで、招待券を受け付ける場所が行列になって待たされるのが面倒です。主催者側の都合ってのもあるのかもしれませんが、もっとすんなりと入れるようにしてほしいものです。
各出版社は、ほとんど20%引きで自社の本を販売していました。今年は洋書のバーゲンが見あたりませんでした。
SOURNEXTが販売している「一番売れている英語学習ソフト”超字幕”人気30タイトル合計10万本限定3490円キャンペーン価格1980円」が、1本1000円で、2本買うと1本おまけ、5本買うと3本おまけだったので、「トランスフォーマー」、「ターミネーター サラコナークロニクル」、「チャーリーとチョコレート工場」どれもテレビなどから録画して持っているタイトルですが、3本買ってしまいました。DVDだと思っていたら、USBメモリーでした(^^;)
土日祝日だけ運行されている都バス「江東区深川シャトル」で、森下駅前まで移動しました。

2011年7月8日金曜日

この世は蝶の夢にぞありける


トンネルの上から水滴が落ちているあたりを通るときに、かさこそと風が悪戯するかのような何かの気配を感じました。「霊」とか、その種のことに敏感な人ならばもっとはっきり分かるものがあるかもしれませんね、、引き返すときにも同じ場所で同じような気配がしたので、世界最強の言葉「ありがとう」を声に出して、トンネル中に何度も響かせながら通過しました。
枯れた「むれ杉」に近付こうと崩れやすい斜面を登って、あきらかにバラではないけど棘のようなものが肌を切り裂く低木をかき分けて行きました。幹に手を触れて、なんとなく達成感がありました(^^;)
帰路は、だいぶ日陰が僅かになってしまいました。滝から3キロほど引き返したところで、行く手を阻むかのように大きな蝶が道路に舞い降りました。近付いて覗き込むとウィンクするかのように羽根を広げてまた閉じました。きれいなオオムラサキでした。「さっきは、ありがとうをありがとう」と言っているような気がしました。たぶん気のせいでしょうけど、、。
小中駅まで戻って時刻表を確認すると一時間くらい待つことになるので、駅から見えるところにある渡良瀬川の上に架かった赤い吊り橋(下松島橋)を渡ってみることにしました。「わたらせ渓谷鐵道沿線散策ガイド」という小冊子を見てみると小中駅から花輪駅までは、5キロ・1時間30分の散策モデルコースとなっているので、この間を鉄道に乗り遅れないように歩いてしまうことにしました。運賃は、70円安くなります。ガイドマップに扇を広げたような絵が描いてあるだけで、なんの説明もされていないところには、NTTの衛星通信に使う巨大なパラボラアンテナが3基ありました。衛星通信ならば、どこに設置しようとたいして違いはなさそうですから、この辺りの土地がべらぼーに安かったということでしょうか???
石造五重塔、豊郷神社、江戸期の社殿彫刻があるという稲荷神社などに寄りましたが、間に合いました。
駅に温泉がある「水沼駅」から、折りたたんで袋に入れた自転車を車内に持ち込んだ親爺は、オバサン領域の車掌さんに運賃の他、手荷物料として270円徴収されていました。自転車を丸ごと持ち込める上毛電鉄とは大違いです。

2011年7月7日木曜日

けさかけ橋に今朝袈裟かけたかな?


駐車場には一台の車も駐まっていないので、「大滝まるごと貸し切りっ!!」かと思いましたが、ランクルがやってきて若い男女が滝の方へと歩いてゆきました。間もなく滝となって落ちる川で、東村の天然記念物「ムレスギ」前で転んで泥だらけになった腕を洗いました。
弘法大師は、100人くらいいたのではないかと思えるくらい各地に伝説が残っていますが、、、ここで弘法大師は、地元民を苦しめていた「源太和尚」という悪坊主に戒めのためにお経を唱えて反省するように言い聞かせて日光へ向かったそうです。弘法大師がしばらくして日光から戻ると源太和尚は、源太蔵と呼ばれる岩の下でお経を唱えながらすでに亡くなっていました。申し訳なく思った弘法大師は、自分が身につけていた袈裟を岩にかけたところ、源太和尚の亡骸は白蛇となって大滝へ降りていったそうです。
大滝は、幅1.2m、長さ51m、傾斜44%という吊り橋「けさかけ橋」から見物できるようになっていました。けさかけ橋までは少し山を登ります。階段状になった吊り橋を渡るのは初めてです\(^^)/
あたりにはモミジの木が多いので、紅葉の時期にはいいかもしれません。ところで現地まで来ると説明看板の滝の落差が上からテープなどを貼って、手書きでどれも「45」に書き換えられていました。96mが45mでは、半分以下です!! 確かに見た感じでは、45メートルが妥当のようです。では当初の「96メートルの落差」はどこから??? 自治体ぐるみの観光表示詐欺ですかね?(爆)
川沿いにあった東屋でオニギリを食べてから帰ることにしました。まだ正午前です。水分は、家を出てから帰るまでに3リットル消費しました。

2011年7月6日水曜日

「小中大」にはようもなければこうもない!?


四日前に出掛けた、わたらせ渓谷鐵道の花輪駅と神戸駅の中間にある「小中駅」で下車して、8キロほど歩くと華厳の滝並みの落差が96メートルもある滝があるということなので行ってみることにしました。
「小中大滝」という名前なのですが、読み方がわかりません(^^;) 「しょうちゅうだいたき」なのか?小、中、大と滝が三つあるのでしょうか? 地図には、「大滝」としか書いてないものもありました。袈裟丸山(1878.2m)と後袈裟丸山(1908m)への登山口に通じる手前にあります。
今朝、乗換駅で電車を待っているときに「小中駅から歩いて8キロ2時間……」と呪文のように唱えていたら、、、天啓がやってきました!!(笑) 「しょうちゅう」ではなく駅名の通りに「こなか・おおたき」と読めばめでたしめでたし、、これで間違いなさそうです(^^)
小中駅への到着は、午前8時53分でした。4人しか乗ってないので、他に下車した乗客はありませんでした。無人駅で、一坪くらいの待合室があるだけでした。「群馬県東部県民局」による駅の案内看板に「落差96mというスケールの大きさは見応え十分です。春はヤシオツツジやシャクナゲが楽しめます。また、新緑や紅葉も必見です。」と書かれていました。
歩くのは、ハイキングコースではなく全て舗装された道路なので、なにかの罰ゲームのような灼熱路になる可能性もありましたが、道路の右側はすぐ山で日差しを遮ってくれました。道路の左側は小中川が深い谷を刻んでます。
滝から2.5キロほど手前の集落までは、みどり市の路線バスが運行されているようなのですが、バス停の時刻表では朝7時頃に神戸駅方面に向かう1本だけで、戻りの運行は記載されていませんでした。「村から出たらもう帰るな!!」バスなのでしょうか?(笑)
ありがたいことにこの集落には飲み物の自販機がありました。「たばこは村内で買いましょう 村の大きな財源です 東村」という掲示もあります。
途中の道路脇に何ヶ所か周辺の案内図がありましたが、どれも錆だらけで読み取れません。昭和の半ばくらいに設置された案内のままなのかもしれません。
「むれ杉」という「環境庁・群馬県」による看板では、”この不思議な形をした老木は、ムレスギと言われ、幹が枝状に分かれ、さらに枝も分岐して密に叢がり立ち、全体に美しく丸くなる特性をもっているのですが、用材として利用できないので、あまり植栽されません。このムレスギのように、老木で孤立しているのは全国でも珍しく、村の天然記念物に指定されています。”と書かれていました。木には、葉が一枚もありません。たぶんもう枯れてしまっているようです。近くで見ようとして、左手に飲みかけのペットボトル、右手にデジカメを持ったまま斜面を登ろうとしたら滑って転んで痛い目に遭いました(T_T)
山際には入道雲も見えて、すっかり夏空です。トンネルを抜けると「小中大滝自然公園」のようです、、。

2011年7月5日火曜日

腹黒ジャイアンと草をはむ大虎



上野動物園にパンダを見に行きましたp(^^)a
開園(9時30分)の10分後くらいに到着しました。動物園の入口を入ってすぐ右が「ジャイアントパンダ舎」です。4月1日から公開だったので、”人の噂も七十五日”夏休みまでは混むことはないだろうと予想してました。パンダの姿が見えるところまで数分待たされましたが、ひとめぐりして戻ったらもう待たずに見ることができました。
最前列はガードマンとテレビカメラのみ、二列目は子供連れの見物通路で、 こちらは人が少なくて待つことないようでした。三列目が大人のみの見物通路でした。ストロボを発光させての撮影は禁止ですが、次から次へと光ってました。
パンダは眠るか竹を食べているかのどちらかしかないようです。目の周りの黒い隈取り(?)で柔和なタレ目に見えてしまいますが、実際の目尻はつり上がっていました。汚れなのか、元々の毛並みなのかパンダの腹部は茶褐色になってました。前歯の形は、スマトラトラとよく似ていました。
そうそう、そのスマトラトラは毎度のことなのかどうか謎ですが、なぜか草をむしゃむしゃと食べていました。肉食動物は、植物など食べないのだと思っていました(^^;)
暑いので、サル山には猿の姿はありませんでした。みんな日陰に避難しているようです。ゴリラも陽の当たる場所にはいませんでした。

今日は、まるで梅雨が明けたみたいな空です\(^^)/

2011年7月4日月曜日

「カエルの歌」の作詞者は不詳です∞


夜な夜な大声で鳴き続け水槽をちっちゃなオタマジャクシでいっぱいにした張本蛙・容疑蛙の撮影に成功しました\(^^)/
昼間はプランターの蔭でお昼寝でもしているのかもしれません。二階のベランダなので、最初は家の壁を垂直にのぼってきたのでしょうか?
鳴き声は、雨戸や窓を閉めても聞こえる大音声です(^^;)
種から発芽した蓮の葉もだいぶ生長しました。

いまおかしんじ監督の映画『かえるのうた』は、2005年に制作されました。エンディングがとてもよいのであります(^^)

うらのはたけでぽちがなく♪


花輪駅10:10発の次は、11:23発なので花輪小学校内部はゆっくり見てまわれました。一時間に1本ないような運転間隔なので、わたらせ渓谷鐵道の一日フリーキップ(1800円)は「乗り鉄」趣味でもないとお得にならないかもしれません。3駅先の「神戸」駅まで移動しました。乗るときにバスみたいな「整理券」を取りましたが、すぐに若い女車掌さんが来ました。クリスマス時期にはサンタ服を着たり、キップだけでなく記念グッズの販売をしたりと大変そうです。
「神戸」は、「こうべ」でも「かんべ」でもなく「ごうど」と読みます。駅舎は、大正元年の建造です。
神戸駅前から「富弘美術館」行きのバスがでているようですが、他に誰も下車しなかったのでバスに乗る人はいませんでした。晴れて日差しが強烈になってました。旧足尾線当時に使用していたという煉瓦造りの「琴平トンネル」は、歩行者専用になってました。この辺りからわたらせ渓谷鐵道は、5242mある「草木トンネル」に入ります。トンネル内で日焼け止めを塗りました(^^;)
とりあえず「不動滝」まで行くことにしました。行く途中にあった「童謡ふるさと館」(石原和三郎関連の展示)には寄りませんでした。不動滝は、落差20mほどで、正面から見ると横幅よりもずっと「縦幅」のある滝でした。滝上まで行けそうなので、行ってみました。滝の落ち口近くの岩は滑りやすくて、滝壺を覗き込むと落下してしまいそうでした。
「草木ダム」の上は、2車線分の幅のある道路になっていました。夜10時から朝7時までは車の通行禁止みたいなことが掲示してありましたが、通行を阻止するような門扉などはなさそうでした。
草木ダムは、東京ドーム49個分の貯水ができるようなことが書いてありました。東京ドーム比較は人々を分かった気にさせるマジックなのでしょうか??? 東京ドームができる前は、もしかして後楽園球場何個分という表現だったとか?(笑)
富弘美術館はまた今度の機会にして神戸駅まで戻り帰ることにしました。

2011年7月3日日曜日

家貧偉人出


土日にしか開館していないとのことなので、きのう群馬県みどり市(旧勢多郡東村)にある国登録有形文化財「旧花輪小学校記念館」へと行きました。わたらせ渓谷鐵道・花輪駅に午前8時47分の到着です。
花輪小学校は、明治6年の開校ですが、現存している木造校舎は昭和6年に「日本鋼管」の創立者・今泉嘉一郎の寄付によって建てられたものだということです。窓がアルミサッシに取り替えられた以外は、ほぼ建設当初のままだそうです。平成13年に廃校となっています。少子化と過疎化が原因でしょうか???
開館は10時なので、隣にある三島神社に寄ってから駅の方へ引き返して「御用銅蔵」(江戸に運ぶ足尾産出銅の一時保管場所)と「今泉嘉一郎の生家」を見ておくことにしました。蔵は一般民家の敷地内にあるようなので、道路からちょっと外観を見ただけです。生家のほうは、立派な門と塀だと思えましたが、横にまわると塀もなく、まるで映画のセットのように建っている風でした。
あと「藤滝不動尊」へ行ってみました。近くまでゆくと滝があるらしい方から冷気が流れてきていたので、凄い!!と思ったのですが、、、どうやらこの辺りの水路の近くは概ねどこもひんやりとしているのでした。滝は、落差5mくらいで水量は多くありませんでした。ブリキを切り取って人型にしたものがいっぱいぶら下げられていたのが不気味でした。
「わたらせ渓谷鐵道」がもし「渡良瀬川沿い鉄道」みたいな名前だったら、利用する観光客はさらに少ないかもしれません。ローカル鉄道は、保有車両が少ないので、たいてい必要以上にぴっかぴかにされているものですが、わたらせ渓谷鐵道車両の窓ガラスは、開業以来一度も窓拭きをしたことがないのではないかと思えるくらにいつも汚れています。8:47花輪駅着の次は、10:10発なので、この一輛の通過を見てから再び旧花輪小学校へ、、、退職した学校の先生みたいな爺さんが待ち受けていて、一番乗りでした(^^)
「家貧偉人出」は、玄関前にある”薪を背負って本を読む少年像”の土台にあった文字です。「貧すれば鈍する」とは全く別の考え方のようです。鈍すると言えば、、、「うさぎとかめ」など数多くの作詞をした石原和三郎は、この小学校を卒業して、校長にもなりました。今泉嘉一郎とともに勢多郡東村の誇りですね。