2012年9月30日日曜日

宿りせし人の形見か藤ばかま


ネットで茗荷の効用を調べてみたら、、風邪に効くとはどこにも書いてありませんでした(^^;)
昨日の天気予報では正午過ぎから台風の影響で雨になるとのことだったので、その頃までに帰れる場所ということで埼玉県幸手市の権現堂堤で行われている「第7回幸手曼珠沙華まつり」に行ってみることにしました。”平成12年より植栽を開始し、現在では約100万本”になったとのことです。100万株と100万本では10倍くらいの差がありそうですが、どんな風に数えているのでしょうね???
東武日光線・幸手駅前を左(北)に真っ直ぐ歩いて行きます。幸手中学校の外壁には「全力は美なり」と大書してありました。この「美」を「醜」に変えると「全力」は何になるのでしょう?
道は商業高校の正面に出ます。今時は商業高校では生徒が集まらないのか来春から学校名を刷新してビジネス会計や情報マネジメント系の「総合学科」になるという看板がでていました。この高校の敷地内に江戸時代の国学者、橘元輔(たちばなもとすけ)の遺蹟碑があるそうです。幸手宿内国府間に20年ほど住んで深川へと転居しますが、深川になにか痕跡はあるのでしょうか?
権現堂堤には、ほんの狭い場所ですがフジバカマの自生地があります。蝶が来ていました。
彼岸花は、三日前にはほとんど咲いていなかったそうです。昨日行った日高の巾着田よりも開花が遅れているという感じでした。桜の木ではまだ沢山の蝉が鳴いていました。
午後3時過ぎでもまだこれから嵐になるという気配はありませんでした。



2012年9月29日土曜日

梅と彼岸花


「馬鹿は風邪を引かない」と言いますが、もう何年も本格的に熱が出たり寝込んだりするような風邪に罹っていません。昨日からちょっと咽喉が痛んだので飴でも嘗めていれば良くなると思っていましたが今日になって、くしゃみ・はなみず・ずつうetc.と風邪の諸症状で辛い思いをしています。
NHKの連続テレビ小説「梅ちゃん先生」が本日最終回でした。ほとんどずっと録画して欠かさず観てました。なんとなくミュージカル仕立てで終わらせたあたりを高く評価したい感じです。赤い梅が咲いているシーンで終わってましたが、医者の白衣にこじつけて白梅のほうが良かったのでは???
今日は、埼玉県日高市”日本一の曼珠沙華群生地”だという「巾着田」へと行きました。HPでは、「現在5分咲きです。」となっていましたが、部分的満開があるものの全体的には3、4分咲きという気がしました。
午前11時半くらいにJR高麗川駅に着きました。バスは20分ほど待たねば来ないので途中のバス停で待つことにしました。待っている間に今日は土曜日で、さらに15分ほど待たねばならないことに気付きました。バスには抜かれずに巾着田に到着しました。
入場料は、200円です。去年まではなかった日付印が押されていて「一日券」になってました。
体調も良くないので一時間余りでもう帰ることにしました。風邪撲滅のお吸い物を作るべく「茗荷」を買いました。


2012年9月28日金曜日

龍頭は霧の中?





しらかばぁ~あおぞぉら♪と思わず歌い出してしまいそうな見晴らしの良い場所も通りました。日光の街中からはよく見えていた男体山は、微かに裾野が見えるほどに雲に隠されてしまってました。
雲竜渓谷へ行ったときと同じで午後1時になったら来た道を戻らねばなりません。撮れた生き物は、小鳥が一羽、バッタとクモだけでした。たくさん飛翔していたトンボは省略です。
後方から来た親爺に追い越されたところで昼食にしました。合計、三人に追い越され反対側から山を下りてきた二人とすれ違いました。
午後0時45分頃「八風」と書かれた視界の良い岩場に着きました。どんどんと霧が押し寄せてきていました。双眼鏡が設置されていた「稲荷川展望台日向砂防ダム」から見えた工事現場が霧に包まれていました。かなり遠くです。
岩に丸(○)や矢印(←→)がペイントされていて通るべきところが分るようになってました。進むほど霧で視界が悪くなってゆきます。
午後1時になってしまいました。引き返すべき時刻ですが、もう少しだけ先に行ってみることにしました。3分後に今日の到達目標地点であった遥拝石(黒岩)まで行けました。標高は、1913mです。雲竜渓谷から見上げた絶壁の上あたりになるはずです。沢音が聞こえます。霧がでていなければ雲竜渓谷を見下ろしたり、雲龍瀑のある稲荷川対岸の崖が見えるはずです。
ここから女峰山頂(2483m)まではまだあと2時間余かかるようです。地図上では、雲竜渓谷とあまり変わらない距離なので同じくらいの時間で戻れるかと思っていたら大間違いでした。雲竜渓谷からは、無駄に長いつづら折りのアスファルト舗装された林道ですが、こちらはそこより約600m高いところから笹に覆われて足元も見えないところを歩かねばなりません。
「殺生禁断境石」のあるところまで戻ったのが午後4時前で薄暗くなってきていました。もう足が痛くて歩く速度が落ちる一方でした。午後4時45分くらいに神橋のバス停に着きました。すぐにバスが来てくれれば16:59発の浅草行きに間に合うはずでしたが、バスが東武日光駅前に着いたのは、17時3分くらいでした。駅の売店でアンパンをひとつ買って食べました。休憩を除くと8時間くらい歩いたことになります。「疲れ杉」になりました(笑)。




2012年9月27日木曜日

生水生飲み生卵





女峰山登山道の入口となっている「行者堂」のあたりには他の場所にあったらとっくの昔に天然記念物に指定されていそうな”ふとすぎ”とか”でかすぎ”、”ふるすぎ”、”たかすぎ”と言った感じの杉の巨木が何本もありました。ここでも登山の注意書きは地に落ちてます。登山届けはずっと回収されていないようでぎゅう詰めになっていました。
しばらく登ると高さ3mくらいありそうな大きな石碑がありました。「殺生禁断境石」と彫られています。制作年代は分かりませんが、こんなに大きな石を加工して山の中へ担ぎ上げたのでしょうか???
帰ってからネットで調べたら登山道から外れた場所にひとまわり小さい石碑がもうひとつあるとのことです。「境」なので、この石碑のところまで殺生をしてはいけないのか、この石碑から先で殺生を禁じているのか判断が難しい感じがします。文字が輪王寺側を向いているので、この石碑から先は殺生OKなのかな???
「水呑」の文字がある小さな石碑もありました。コンクリート製に見えてしまいますが横に「安永九」とあるので、西暦1780年に建てられたものでしょうか???
水呑の石碑とは離れた場所ですが、案内標識が建っていて「水場」がありました。そこから湧いているのではなくもっと上流から細々と流れてきている水のようでした。水の中に産卵しているトンボもいましたが、ペットボトルですくいとってみると目に見える浮遊物はありませんでした。ペットボトルの外側にはすぐ結露して曇るので、けっこう冷たい水のようです。飲んでみると苦みはなくて、普通の軟水のようでした。
キノコを見つけると食べてみたくなりますが、こちらの生食は危険かもしれませんね(笑)。





2012年9月26日水曜日

夏眠仮眠Coming


四日前に雨天中止とした”女峰山行けるところまで登山”へとむかいました。
早朝は雲が空を覆っていましたが、太陽が昇ると晴れてきました。夏の間には晴れていてもあまりよく見えなかった日光連山が栃木市のあたりからはっきりと見えていました。
それと9月になっても暑いうちには姿が見えなかったリュックを背負った人たちが電車に多く乗っていました。冬眠ではなく「夏眠」していたということでしょうか?(笑)
学校が夏休み中のときは閑散としていた日光へ向かう電車も今日は乗客いっぱいでした。
輪王寺裏手にある行者堂のところの登山道から女峰山へ登るのは今回が初めてです。
写真は、、商店街のむこうに女峰山が見えていますが、どのあたりを登ることになるのかは全然分かっていません(^^;)
写真(下)は、標高1900mくらいのところから見下ろした日光市街地です。


2012年9月25日火曜日

絡繰りからころ唐天竺の果てまでも


昨日の午後、羽田空港には日の丸を付けた大きな飛行機が2機ありましたが、いつのまにか見えなくなっていました。どこかの国に飛んでいったのか、どこからか帰ってきたのかはわかりません。しばらくしてから激しい雷雨になりました。
今朝は、いつ雨が降ってもおかしくないような空模様でした。どこか屋外の公園などへ行く予定を変更して両国にある「東京都江戸東京博物館」へと行ってみました。
歌舞伎「東海道四谷怪談」の絡繰り模型は、置き場所が変わっていたので、もう無くなってしまったのかと思いました。今日は入場者が少ないので、この模型が動作するときに動画に撮ることにしました。動き始めたときは他に誰もいませんでしたが、すぐに賑やかな四人組の婆さんたちがやってきて、なんだか余計な音声のほうが目立って収録されてしまいました(^^;)
模型は、15分毎に2回作動するので後でもう一度撮り直しましたが、肝心の小岩さんが登場するところを撮り損ねました。
午後からは、東京スカタン内まで徒歩で移動して「すみだ水族館」に寄りました。ここも今までで一番空いていました。あまり見て楽しい水槽がないので、いつものように「塩バニラソフトクリーム」(350円)を食べて帰りました。


2012年9月24日月曜日

ど嘘スペシャル?!


テレビ東京、毎週土曜日午後7時からの「土曜スペシャル」は”全国各地の特選宿・秘湯・グルメなど、旬でお得な情報をお届けします!”という2時間番組です。
9月22日放送分は、”涼しい湖畔を探索!湖ぐるり一周!ふれあい旅”で屈斜路湖と中禅寺湖と河口湖を芸能人が歩いて一周するという内容でした。
北海道・屈斜路湖(周囲約57Km)へと出かけたレッド吉田、ゴルゴ松本、田代さやかの三人は2泊3日でちゃんと一周歩きましたという映像になっていました。次に登場した秋野暢子、岡田美里は奥日光・中禅寺湖を「中禅寺」から歩きはじめます。中禅寺湖は一周約25Kmと屈斜路湖の半分も距離がありません。
番組HPには、、、

やってきたのは栃木県日光市にある紅葉ももうすぐ見頃の「中禅寺湖」。旅の始まりとなるのは、「中禅寺湖」の名前の由来になったとされている「中禅寺 立木観音」。早速、一周旅スタート。湖畔沿い歩いていきます。途中「華厳の滝」など名物スポットに立ち寄りながら進んでいくと、湖畔で一風変わったスワンボートを発見!湖の乗り物を楽しみます。昼食には、ある日光名物を。湖を眺めながら涼を感じつつ、さらに進んでいきます。宿泊は、中禅寺湖に佇む老舗「中禅寺金谷ホテル」。まずは、宿自慢の露天風呂に入り、歩いた身体を癒します。2日目、ホテルを出発し湖畔沿いを歩いていきますが、なんと行き止まりに。やむなく迂回すると、水族館や名物「竜頭の滝」を見られることに!近くのお茶屋さんで昼食を購入して、再び歩き旅開始。ここからは、車は入れない森林豊かなウォーキングコースに。本格的なハイキングで森を抜けると、やってきたのは「千手ヶ浜」。ここで昼食食べて先に進むと、意外な休憩スポットが!道は険しくなっていく中、二人は「中禅寺 立木観音」を目指していきます。はたしてゴールで待つものとは!?

中禅寺湖の千手ヶ浜から先にはタイアップするような宿もお店もなく大半がアップダウンの激しい山道です。還暦間際の女優がしっかり歩きましたという映像がないのは仕方ないとしても撮影スタッフだけでも湖畔を歩くべきなのではないかと思ってしまいました。
まぁ千手ヶ浜で昼食を食べてから明るいうちに中禅寺まで歩くのは無理ではないとしても大変なことで、それを初老の女優ふたりが難なくできるという情報としてテレビで放送するのはとても「危険」なのでは???

(写真は、番組でも紹介されていた千手ヶ浜の「仙人庵」とクリンソウ、2012年6月29日に撮影したものです。)


2012年9月23日日曜日

くらぁ~い暗い蔵の中




今日は朝から雨で肌寒い一日でした。

私の家には「蔵」はありませんでしたが、幼い頃に住んでいた処の両隣の家には大きな蔵がありました。右隣の家は、大地主で薬局をしていました。同い年の男の子がいたので、よく一緒に遊びました。
当時の私にとって「蔵」は不思議な空間でした。自分の家にあるトタン板屋根の物置とも人が住む家とも違って、不気味でもありわくわくするような空想の元となる魅力的な建物でもありました。
隣り家の男の子は、健二くんと言います。蔵の中では、お医者さんごっこばかりしていたように憶えています。針は付いていませんでしたが、本物の注射器がたくさんありましたし聴診器なども本物でした。健二くんは、私を裸にして下腹部のあたりを触りながらいつもきまって「あと半年の命です。入院してください。」と言うのでした。
名前の通り次男の健二くんは、その薬局を継いではいないでしょうが、たぶん蔵は昔と変わらずにあるはずです。

YouTubeでは、2010年5月10日のアップロードで「蔵の中」と題したスライドショーはこれまでに2年と4ヶ月以上かかって3200参照されました。これとほぼ同じ素材から作り直したものを昨日、FC2動画アダルトで公開してみたところ24時間で1800を超える参照数でした。これがブログの参照数とはまるっきりリンクしないところをどう考えれば良いのでしょう(笑)。


2012年9月22日土曜日

すいすい続々完観覧!!

いつも日光へと行くときは、午前5時半頃に家を出ますが、今朝は今にも雨が降ってきそうな天気なので一時間以上遅れての出発でした。外に出たのを待っていたかのようにぽつりぽつりと雨粒が落ちてきました。駅までもう少しというところまで歩いてから、、引き返すことにしました。家に戻るまでは傘が無くても我慢できる雨でしたが、しばらくすると土砂降りの雨に変わりました。
午後からは晴れてきました。今日は、日光・輪王寺裏手にある行者堂のところの登山道から女峰山の途中まで行くつもりでいましたが、降雨負けとなりました。














2012年9月21日金曜日

マグロ女は、時速80Kmで泳ぐのか?!


”暑さ寒さも彼岸まで”過ごしやすい気温の日となりました。
約八ヶ月ぶりで「葛西臨海水族園」へと行きました。今日は複数の小学校、養護学校、老人ホームなどなど団体で来ている人達でとても混んでいました。
毎週金曜日はダイバーによる水槽の清掃日なのだそうで、マグロ回遊水槽も清掃中で水が濁っていました。
性行為の時に動かない人を「マグロ」と呼ぶようですが、元々は「ゲイ用語」だったみたいです。時速80Kmで泳いでいれば、言葉の意味も変化するのかもしれませんね、、。


2012年9月20日木曜日

もう頬骨は打たない!!


雲竜渓谷からの帰りはほとんど同じ道を戻ることになりますが、往きに無視した分岐などに立ち寄ってみると「国土交通省女峰雨量観測所」がありました。表示してあるプレートでは、”利根川水系鬼怒川右支大谷川”となっていて「稲荷川」の名前はでてきません。位置は”日光市赤薙山”、標高は”1368.3m”になってました。赤薙山の山頂は、標高2010.3mです。たぶん落差100mを超える雲龍瀑があるくらいですから登れるルートはないのかもしれません。
堰堤の工事で亡くなられた人たちの供養なのか「殉職之碑」と彫られた石碑があったので手を合わせてから先に進んだのですが、帰りにそこで小鳥に呼び止められました。小鳥の写真が撮れたのは、この一羽だけでした(^^)
撮ることのできた生き物は、蜂と蝶が2匹、動物の糞を食べている甲虫くらいでした。
「洞門岩」という表示のある地点からは河原に降りることができそうでした。冬はここから河原を歩いた方が楽(?)なのかもしれません。どれが「洞門岩」なのかは分かりませんでした。
強打してしまった左頬は痣になってはいませんがまだ腫れていて笑ったりすると痛みます(^^;)





龍尾を踏めず




つづら折りで歩いても歩いてもたいした距離を進んでいないような退屈な行程でした。秋茜などのトンボはたくさん飛んでいて、蝶の羽根はぼろぼろでススキが生えていて、あたりはすっかり秋の気配ですが大汗かきながらひたすら登りました。
「国土交通省日向雨量観測所」の標高は、1172mと書かれてました。「雲龍渓谷」への注意書き看板は地に落ちていました。
あとどのくらい歩けば着けるのかまったく分かりませんでした。東武日光駅を出たのが午前7時45分頃でしたので、午後1時になった時点で引き返すことに決めました。
もうすぐ正午になる頃に舗装道が分岐して、どちらに行ったらよいのか分かりませんでした。まっすぐ上り坂のほうへ行くと道が途切れてしまったので引き返しました。分岐した道も稲荷川の方へ下ってゆき、行き止まりとなっていました。車が一台駐まってました。
「雲竜渓谷」の道標の先は崖ですが、河原へ降りる立派なコンクリート階段があり、その下でなにやら調査に来ているような人が三人いました。一番年長の親爺にもう道はないのかと訊くと上から小さな石が落ちてくるしこの先には行かない方が良いと言われました。この三人は長靴でじゃぶじゃぶと川を渡り下流の方へと行ってしまいました。
長靴はないので水の流れが狭まっている場所を探して飛び越えました。たぶん大雨のたびに石の配置も水の流れるところも変わっていそうでした。小さめの石は足をかけると崩れます。最初に転んだときに右手に持っていたカメラを石に叩きつけてしまいました。二度目に転んだときは、左の頬骨のあたりを石にぶつけるようにして倒れてしまいました(T_T)
目から花火!!
デジカメは、繰り出しレンズの芯が曲がったのか、撮影しようとするとレンズエラーでフリーズしてしまいましたが、「しっかりしなさい!!」と往復ビンタをすると復活しました。ややズームレバーの効きが悪くなりましたが、故障には至りませんでした。
数本の電線が並行に渡してある下を通って少しずつ上流へと向かいました。この線を岩が切ると警報を発するようなセンサーにでもなっているのでしょうか???
飛び越えるには危険な幅の水流に阻まれたところで進むのを断念しました。転んで痛い目に遭っていなければもう少し先まで行ってみたかもしれません。雲龍瀑まではもうすぐのような感じでしたが、、。


先ほどネットで調べたら、、分岐して途切れた道をもっと先に行けば雲龍瀑を遠くから眺められる場所へ行けたようでした。奥日光の赤岩滝のときもそうでしたが、なぜ事前にちゃんと調べてから行かないのでしょう(^^;)
けっこう時間がかかったので、雪や氷に覆われた道では、駅から歩いてきたら日が暮れてしまいそうです。


2012年9月19日水曜日

竜頭ダビング

 彼岸の入りとなった今日は朝から時折激しい雨の降る大荒れの天気とあいなりました。
先日、日光の砂防堰堤群ハイキングコースを途中まで歩きましたが、その上流には「雲龍瀑」という滝があって寒い時期には大氷壁になるのだそうです。地図で見るとだいぶ山奥で「道」がないところを通らないと行けないようでした。とりあえず山が雪に埋もれてしまう前に距離感だけでも掴んでおこうと昨日、下見に行ってみることにしました。
日光市内の民家の庭に彼岸花が咲いていました。東京や埼玉よりは、きちんと季節が推移しているようです。
白糸の滝のある瀧尾神社の前を通過したのが午前9時頃でした。
前回は、近くまで行かなかった大正12年竣工「稲荷川第10砂防堰堤」を見ておきました。「登録有形文化財」のプレートが付いてました。「第09-0058号」となってました。
このすぐ上流に名前もそのまんま「稲荷川第10上流砂防堰堤」(平成20年)があります。橋のようになっていて対岸(81m先)へ行けるようになってます。この辺りの標高は、954m程です。ハイキングコースはここから対岸へ渡るルート設定のようなのですが、崖崩れ(河原から撮った写真あり)で「通行止」になっていました。前回は、ここから対岸へ渡って「見晴台」のほうへと登りました。
少し引き返すと一般車両が入らないようにゲートのある舗装道があるのですが、一旦河原に降りて上流へと歩きました。すぐに水流に阻まれて進めないので斜面を這い上がると所々にシカかなにかの骨が落ちているとても細い道(?)らしきものがありました。それも途切れもう引き返すしかないかと思った時に何メートルか上を車が走って行く音が聞こえてきました。急な崖を這い上がると舗装道にでました。
しばらく歩くと「稲荷川展望台日向砂防ダム」という看板がでていました。双眼鏡があって工事をしているところが見られるようになっていました。まだ午前11時前で少し早いけどベンチとテーブルがあるのでここで昼食にしました。








2012年9月18日火曜日

『野外露出紀行』10000参照超え\(^^)/

先月下旬にFC2動画での『あんぽんたん姫野外露出紀行』の参照数が10000を超えました。見て下さってありがとうございますm(_ _)m


2012年9月17日月曜日

夜行けば終わってる!!


本日(9月17日)の正午から江東区立深川公園などで開催された「第8回深川よさこい祭り」を観に行きました。
まだまだ夏の名残みたいな強烈な日差しが照りつけていました。それでも風があって、ときどき雲が太陽を隠してくれるので不快な暑さではありませんでした。
「よさこい祭り」は全国各地で行われているようですが、なかなか観る機会がなくて今回が初めてです。
深川公園と永代通り、富岡八幡宮の3会場で12時から18時まで行われましたが、もしかして踊り手の数より観客のほうが少ないのでは?という感じでした。



2012年9月16日日曜日

あさがお観察日記(9)




7月7日にタネを蒔き8月17日に最初の花が咲いた朝顔は、それからほとんどずっと毎日新たな花が咲き続けています。ひとつも花が咲かなかった日は、2日か3日くらいだと思います。
今朝は花が五つ咲いていました。蒔いた数よりはるかに多いタネが採れそうです(^^)

秋は夕暮れ。
暗くなるのがだいぶ早くなりました。下の写真は昨夕、築地市場の移転予定地辺りを通過中のバスの窓から撮りました。午後6時くらいでした。右の方に東京タワー、左にレインボーブリッジが見えています。


午後7時半には、星が見えています。鉄塔の右側にアルファベットのWの形をしたカシオペア座、左側に北極星が写ってます(^^)/


2012年9月15日土曜日

憾満ヶ淵に緩慢なし




「鳴虫山ハイキングコース」は貸し切り状態でした。途中、出遭う人はいませんでした。
大谷川の水は前回来た時よりも大量に流れていました。なぜかいつも水際の岩の上で外国人のカップルが暑いのに日向ぼっこをしています。川岸に降りるなと書いてあるので日本人はあまり近づかないのかもしれません。
日光植物園に行くのはやめにして「大日堂跡」という所へ行ってみることにしました。
大谷川の上に歩行者専用の橋がありました。立派過ぎてなんだか税金の無駄遣いのような感じがしてしまいました。手前の公園にも大日堂跡にも人影はありません。モミジが間違って(?)早くも紅葉してました。
大日堂跡に芭蕉句碑もありました。明治35年の洪水で流出してしまい7年後に再建されたものだそうです。鯉かと思ったら、、細かい斑点のついた魚がいっぱい泳いでいました。