2012年9月11日火曜日

ここでも「どこでも弘法大師伝説」!?




日光・輪王寺の裏手から瀧尾神社へと続く「瀧尾道」は自然石を敷き詰めたような道で、これがけっこう歩きにくいです。途中には、「養源院跡」の他に大きな将棋の駒(香車)が沢山飾られている「観音堂(産の宮)」、「陰陽石」、「勝道上人の墓」と「開山堂」、「仏岩の石仏」、「北野神社」、尾神社の祭神である田心姫神命が手を掛けたと伝えられる「手掛石」、関ヶ原の戦いの時に徳川家康が乗った愛馬の「神馬の碑」、15世紀に日光山第四十四世貫主昌源が植えたという「昌源杉」、「大小便禁制の碑」などがあります。
「白糸の滝」の説明看板には、”天狗沢にかかる名瀑。高さ約10メートル。弘法大師修行の場と伝えられる。文明18年(1486)京都聖護院の道興准后が日光を訪れ、その時の紀行文「廻国雑記」に左の和歌が詠まれている。世々を経て結ぶ契りの末なれや この滝尾のたきの白糸”と書かれてます。滝壺まで容易く行けるので、ひとり滝行には水量もちょうどよい感じがしますが、人目に付くのが難点です。でも着いた時は瀧尾神社にも誰もいませんでした。
「運試しの鳥居」に小石を投げてみましたが中央の丸い穴を通過させることはできませんでした。小石は、ひとつずつ投げましたが、三つ一緒に投げるべきなのでしょうか???
本殿の裏壁には扉が付いていて、ご神体である女峰山を拝めるような造りになっています。たいへん珍しい造りだそうです。
かつて日本には「弘法大師(空海)」と名乗る人が1000人くらいいたのではないでしょうか?(笑)
最後に「影向石」のほうへと歩いて行くと、、、現れたのは「美しい女神」ではありませんでした……。





1 件のコメント:

  1. 私は草鞋を持っていますが、履いてみるとこれがなかなかで、小石や小さな段差なら吸収してしまうくらいのクッションになっています。これなら歩けるだろうなと思うのですが、どのくらい持つかが全然不明、おそらく常に予備を持って歩いていたのだろうなと思います。

    そう言えば芸能人が東海道を歩く番組をケーブルでやってましたが、彼等はずっと雪駄履き。製作側が無知にせよ、いくらなんでも、あれは可哀相といつも思いながら観てました。

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