2012年7月5日木曜日

ばっくれトゥザ十歳のわたし


子供の頃に「赤とんぼ」と言っていたのは、掲示写真のように全身が消防車のように赤いトンボではなくて、「アキアカネ」と呼ばれている種類だったかと思います。でも日本には、200種を超えるトンボがいて、その一割くらいが「赤トンボ」と呼ばれているようです。
写真のように真っ赤なトンボを初めて見たのは三、四年前のことでした。たぶん清澄庭園の池だったと思います。トンボの眼はとても広角で周り中見えない所がないくらいなのかもしれませんが、目のレンズまで赤くて自分の身体や同類の赤いトンボを見ることができるのでしょうか??? 透明人間は目が見えないという話もあります。赤い下敷きを使って赤文字で印刷された答えを隠す問題集や参考書を思い出します。
小学生の高学年あたりからの十年くらいは、身の回りから「昆虫」が消えてしまったような気がします。もしかすると「星」も見上げなくなったかもしれません。他にもきっといろいろと「興味」の外側へと押しやられてしまった様々な物事があったに違いありません。
昆虫や鳥の写真を撮っていると、、ふと急にこれは十歳の頃にしたかったことを今やっているんだなぁという感じがしてきます。「三つ子の魂百まで」には中休み有り!?

1 件のコメント:

  1. 以前、勝組負組が流行りましたが、勝組曰く、私達は蝉やトンボを採りたいと思う夏休みも我慢して勉強したから、今の勝ちは当然・・・と論理的です。教育の過程で昆虫は大きな分岐点、何処にいるかも知らず見たことがなくても、理科のテストは満点。生態を見るのが遊び、記憶力だけの学力判定基準、こうした歪が今の搾取社会を作ってる。蝉を追い星を見上げ、感動があって初めて、町や国が創造できるような気がします。

    返信削除