2011年12月15日木曜日

いどういど伝説、忍潮井


息栖神社の前には、「忍潮井(おしおい)」があります。
説明の石碑には、、、”忍潮井は男瓶・女瓶と呼ばれる二つの井戸であり神功皇后の三年(一九四年)に造られたものと云われあたり一面海水におゝわれていた頃真水淡水の水脈を発見しこれを噴出させ住民の生活の水としたもので海水をおしのけて清水が湧出しているところから、忍潮井の名が付けられたと伝えられている。水と人類とのかゝわりの中で最も古いかたちの井戸であり日本三霊泉の一つと云われております。”とあります。瓶の「形状」は、”男瓶は経二米弱、白御影石で銚子の形をしている。女瓶はやゝ小振りで土器の形をしている。”そうです。
「三霊泉」は、”常陸の忍潮井・伊勢の明星井・伏見の直井”とのことです。
さらに「伝説」が書かれています、、、”その昔(平城天皇の御宇大同二年四月(八〇九年)数キロ下流の日川地区より息栖神社が此の地に移された際とり残されてしまった男・女二つの瓶は神のあとを慕って三日三晩哭き続けたが、とうとう自力で川を溯ぼり一の鳥居の下にヒタリ据え付いたと云う此の地に定着して後もときどき日川を恋しがり二つの瓶は泣いたと云われている。日川地区には瓶の泣き声をそのまゝの「ボウボウ川」と瓶との別れを惜んで名付けた「瓶立ち川」の地名が今も残されている。”
「194年」という年号をどこから持ってきたのか謎ですが、これと比べたら明治神宮にある「清正井」などは、まだ出来たばかりみたいなものですね(笑)
よく分からないところは、瓶は水に流されて移動するということもありうるでしょうけど、井戸は移動しないですよね???
ところで、、宮城県塩釜市にある「鹽竈神社」は、左宮として「鹿島神(武甕槌命)」、右宮として「香取神(経津主命)」、別宮が「鹽土老翁神」です。東国三社をひとまとめにしたような御祭神構成となっています。

2 件のコメント:

  1. なんでそんなに奥深いの? 長生きしててもお札を買うことしかしなかった人生って無駄だったなあ(T_T)

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  2. 塩釜神社(^^)/行った事があります。理由は親戚がいたから、以上!お札も買ってない私の人生はどうなるんだろ(・・)

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