2011年10月24日月曜日

寄り道よっちゃん黄泉がえり


天気が良ければ、奥日光・明智平からロープウェイで山を登って、華厳の滝などを遠くに眺めてから、茶ノ木平-細尾峠-薬師岳-夕日岳-地蔵岳と縦走して古峰ヶ原に至る「禅頂行者みち」を歩くつもりでいましたが、空模様が怪しいので予定を変更して、まずは東武日光線・樅山駅で途中下車しました。芭蕉『奥の細道』に同行した曾良の日記にでてくる壬生町にある「金売吉次の墓」は、だいぶ前に見に行っていますが、樅山駅の近くにもあるようなのです。日光からの帰りの電車から何度かちらっと見てはいるのですが、前々から一度ちゃんと見ておこうと思っていました。
「金売吉次」(かなうりきちじ)は、源義経が奥州平泉へと逃げるのを手伝ったとされる人物ですが、文献資料には残っていない伝説の人物です。墓は、白河にもあるそうです。
樅山駅に到着は、午前7時2分です。無人駅で、高校生が20人くらい電車に乗りましたが、他に下車した人はいませんでした。
墓は、駅から日光へ向かって最初の踏切脇にあります。道路は、「粟野街道」というらしい歩道もない田舎道ですが、車の通行量は多い感じでした。一時間に一本しか電車が止まらないところなので、車がないと生活できないということなのかもしれません。
墓石は、五輪塔タイプでしたが、鎌倉期に建てられたものではないように見えました。”この石塔は東武線が開通した当時、踏切事故が多く、また電車の運転手が、踏み切りの近くに人が立っているので、慌ててブレーキをかけたが、誰もいなかったなどということがあり、気味が悪いので付近を調べたところ、発見された石塔を祀ったもので、江戸時代に、この近くにあった浄慶寺のものとみられ、吉次の命日の11月24日に樅山駅で供養してきました。現在は無人駅となり忘れ去られようとしています。”(「鹿沼見て歩きのホームページ」より抜粋)というように江戸期の墓のようです。
ついでなので、「生子神社」にも行ってみることにしました。「なまこ」と読んでいましたが「いきこ」と読むようです。NHKのニュース系番組で必ず紹介される「子供泣き相撲」が毎年9月(19日以降の日曜日)に行われている神社です。
この辺りは、ソバの花が満開です。

2 件のコメント:

  1. 古びた墓石と倒れた墓標と新型電車~~
    スズメバチに似た色彩の踏切~~
    夢を見てるような光景です。

    返信削除
  2. そうか、新蕎麦か( ..)φ北関東あたりはぼちぼちですな。買いに行こうっと。パン焼き器とパスタ製造機で蕎麦を作る(爆)のを覚えて嵌ってます。私が作っても美味しいんだ(^^)v

    返信削除